
2012年4月6日(金)
平年であれば、春らしい暖かい日差しを感じながら花見にでかけたくなるのだが、まだ、春らしさを感じるといった気温ではない。
先月末、仕事でソウルに行ってきたのだが、きっと日本に帰る頃には春本番と思いきや、桜は咲いているのだが、嵐が吹き荒れるといった異常気象だ。 ソウルではマーケットリサーチも兼ねていったため、ソウルで一番大きい本屋「Kyobo Books」にも立ち寄った。 当然英語の本の売り場へ行ったのだが、韓国の英語熱は本屋の売り場面積を見るだけで実感できる。 大人向けの英語テキスト、TOEIC, TOEFLはいっぱい並んでいて、そんな中になんとSAT(米国大学標準テスト)までもが平置きされている。 こどもの英語教本も世界の有名どころの出版社ピアソン、ケンブリッジ、オックスフォード、マグロウヒルなどは当然で、韓国国内で作られている英語教本もかなり出版されていた。 リーディング用やそのワークブックもこども向けのものが多く用意されているなど、日本よりもかなり規模の大きなな英語教育市場となっているようだ。 本の出来とか内容がこどもにあっているか、あっていないかは別問題だが、確実に韓国の若い世代には「世界に出なければ」といった思いが、今の日本の若者よりもかなり勝っているように感じた。 世界の英語教本の大手出版社も韓国をはじめ、アジアを英語教本の市場として考えているのが手に取るようにわかる。 ちかい将来、「日本飛ばし」にならなければと思う。
2012年3月21日(水)
最近、息子が中1であることもあり、中学校で教えている英語の教科書やワークまたテストなどをいろいろ観察する機会が多い。
確実に感じることは、絶対に英語のコミュニケーションがとれるようにするアプローチではない。 今の英語の教え方では私が中学の頃に習っていた勉強方法となんら変化も進歩も見られない。 よって今の日本の英語の授業では英語のできる人間が育つのは非常に困難である状況だと思うし、ますます今後アジアの中でも日本だけが英語力で競争力を失っていくということが、教育現場ではわかっていないのだろうと残念でしかたがない。 どうしても数学的な教え方、常に答えはひとつであり、正解と不正解に分けてしまっている。 だからこどもたちは不正解な答えをするよりは、黙ってしまうことを選ぶ。 英語を嫌いにする一番悪いパターンがここにある。
例えば「この映画は面白かった。」 という文章での英訳は「面白い」をinterestingを使わないと×。 たとえ映画が腹を抱えて笑わせてくれるような場面が多くても「funny」を使うことは認めてもらえない。
また別の例では、文章の中で「Andy」という名前が出てきて、そのAndyがサッカーをしているのだが、それ以外文脈からはAndyが男の子か女の子が判別できていない。 その状況で設問があり、Andyが入っている疑問文に対して答える場合の代名詞は、なぜ「he」でなくてはならないのか? Andyと言う名前は初めから男の子という認識でこの問題は作られている。 作問者の「英語の名前」の認識不足なのか、英語ではニックネームで実際に男か女か判別できない名前がかなりあるし、それにサッカーをしているのは、男子と断言はできない。
"You are not my classmate." こんな文章が平気で否定文の練習問題に登場してくる。 実際の場面を想定して、こんな言い回し方をしてしまったらおそらく英語らしさのカケラもない大変失礼な表現だ。 文法練習の例として捕らえているのだろうが、「英語らしい書き方」「英語らしい表現」も合わせて教えていく気の利いた練習問題ができないものなのだろうか。
2012年2月13日(月)
今が寒さのピークだと自分に言い聞かせて、毎朝、息子の弁当を作るために目覚ましのスヌーズボタンを2,3度押してから起きています。息子が学校から帰ってきて「今日の弁当、ムッチャおいしかった。」と言ってくれると、寒い朝の苦労も報われます。
フランスから帰り、レッスンでは、ルーブル美術館からもらってきた英語のパンフレットを使いロールプレイを取り入れています。 作品を観たいのだが、そこへの行き方、そして、その道順の答え方などを英語でお互いに練習するレッスンをしたり、作品についての意見を聞いたり、自分の趣味の作品はどのタイプなのかと聞き出してレッスンの内容を膨らませ、実際のシチュエーションや自分の思いを英語で表現する練習を行っています。
絵画にあまり興味のない子供でもレッスンの中で英語で先生が説明をしているのをとても真剣に聞き入ってくれています。 絵画にまつわるエピソード、たとえば「モナリザ」の値段なんかは、すごくこどもたちも興味があるところですが、その評価格など見当もつきません。 実際に競売に掛けられていないので値段がつけられない、でも、他の美術館での展示をした時に保険として掛けられた金額がある。 そんな話を食い入るように聞くことができるレベルのクラスも育ってきています。 ビッグボウを新しい理念で始めてから既に6年経ち、少しずつ理想的な英語教育ができてきているのを実感しています。
レスリーもマグロウヒル出版のテキスト「WE CAN!」のプレゼンテーションで毎週、週末には大阪、東京など出張が続いていましたが、名古屋のプレゼンテーションを最後に、これでひと段落といったところです。 今年度もあと残りわずか、3月のビッグボウの最終レッスン日は3月27日となっております。 インフルエンザもまだまだ猛威を振るっていますので、うがい、手洗いは忘れないようにしてください。
2012年1月7日(土)
新年明けましておめでとうございます。
冬休みは、以前からずっといきたいと思っていた、フランスのモンサンミッシェルに行って来ました。 毎年、冬休みはフロリダで過ごすことが多いのですが、どうしてもモンサンミッシェルは一度訪れてみたくて、今回エクスペディアを使って航空券とホテルを予約。 現地では予定通り進むかどうかも不安だったため、TGVの予約はしなかったのですが、モンサンミッシェルに行こうと予定していたのが24日、つまりクリスマスイブ。 すこし早めにモンパルナス駅に行きレンヌまでのTGVの切符を買おうと、 ところがインフォメーションで尋ねると、"Good luck" "impossible"とブロークンイングリッシュで言われ、その時思わず、そうだクリスマスに帰省する人が多く切符を手に入れるのが困難かもと、一瞬不安になりました。 20分ほど列に並んで、結局レンヌまでの切符を手に入れることができたのですが、予定していた値段よりもかなり高いのでなぜなのかと思ってTGVに乗り込んで納得。 1等車つまり日本ならグリーン車に相当するのかな、しかたない、でも切符が手に入っただけでも良かったと思いました。 夢にまで見たモンサンミッシェルは口では表現できない感動でした。 パリからはTGVでレンヌまで、そこからはバスで1時間ぐらい。 遠いけど、1日あれば十分行って帰ってこられる範囲でした。 帰りは、ハプニング発生。 バスがレンヌから数キロのところで故障し、別のバスが到着するまで待ち、そのバスに乗り換えて無事レンヌ駅に到着。 食事をしようと思い、駅の中を見渡すと、午後7時なのにレストランもサンドイッチショップも閉店。 やはりキリスト教の国、フランスのクリスマスイブなので仕方がありません。駅を出て見つけることができたのがトルコ料理、やっぱりキリスト教に関係のないトルコの人にとっては、クリスマスは無縁なのでしょう。 食事を済ませ、その日のうちにパリに戻ることができました。
今回は、そのほかの目的は、やはり「食べる」、「美術館巡り」で、28日は、午前中にヴェルサイユ宮殿、午後にロダン美術館、それからオルセー美術館、その日も早朝から歩きっぱなしで、さすがに3件目のオルセー美術館では寒い中、しっかり並ばされて待たされて、ようやく美術館の中に入ったら、腰の疲れもピークに達し、腰を伸ばそうとロビーでコンビニの前でたむろする若者が座っているような座り方で、座り込んでいると、思わず係員の人に"Are you OK?"と言われ、具合でも悪いのですか? という心配顔で話しかけてきた。 しまった日本人にありがちなポーズでも、こちらでは、具合が悪いときしか、しゃがんだ格好はしないことに気づかされました。 今回時間がなくてオルセーは2時間ほどしか見れず、もし、次回行くことがあればオルセー美術館にもっと時間を費やしたいと思わせてくれる美術館でした。
食部門では、興味本位でオーダーした、「豚の血入りソーセージ」は、私の中で感動1位でした。 ジョナはフランスに行く前から食べたがっていた「エスカルゴ」が思っていた以上に美味で、「かたつむりという原型を忘れさせてくれるぐらい、おいしかった。」と喜んでいました。
| 冬の夕暮れ時、モンサンミッシェルの姿は、想像以上にその歴史を感じさせてくれます。 |
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| モンサンミッシェルの最上階にある回廊。 瞑想の場 | 寒いパリには、ホットワインがうれしいです。モンマルトルの丘にて。 | パリの地下鉄、ドアを開けるのが手動なのは、驚きでした。 |
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| 1800年代後期のアールヌーヴォーなデザインです。 メトロ入り口。 | ゴッホが依然住んでいた、アパートの入り口です。 今も、普通にアパートとして使われています。 | 「豚の血入りソーセージ」興味津々だったが、かなり意外、おいしかった。付け合せは、りんごの細切りが添えられていた。 |
| ディナーは6ヶ月先まで予約が入っているレストラン。 ランチは予約が要らないが1時間ぐらい並びました。 | ジョナの「エスカルゴ」デビュー。 エスカルゴを挟む器具を使って食べるのが楽しそうでした。 強く握るとエスカルゴは落ちてしまいます。 | 「LEON]というベルギー料理のレストラン。 ムール貝の概念を変えてくれるほどおいしくて、安かった。 |
サンジェルマンデプレにある路地。石畳が17世紀に作られたと思うと歩くだけでも感動します。 |
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ジョナが浜学園で使っていた歴史資料集にこの絵が掲載されていて、この絵に興味があったようで、自分からこの絵が展示されているロダン美術館にどうしても行きたいとのことでした。 「タンギー爺さん」の後ろに日本の絵が取り入れられているのは、確かに面白いと感じました。
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2011年12月13日
レスリーがビッグボウの生徒さんの為に一人ひとりにクリスマスのクッキーをプレゼントしようと思い、自分で焼き始める準備を始めながら気分的にもクリスマスのいい雰囲気になってきた頃、突然のように、某外国の公立小学校の英語授業用教科書を作るという仕事の依頼があり、その多国籍チームのメンバーとしてお呼びがかかった。 ということで先週から土日はもちろん。もう毎日パソコンの前で奮闘中。 昔は本を書く作業ではそれぞれの分担で、仕事の順番が決まっていた。 ひとつのことが終わると、次の段階に入っていくのが普通であるのだが、今回のような、こうした世界ベースのプロジェクトであれば、骨組みを担当する人がオーストラリアとイギリスに在住、監修担当がアメリカ、指導書を担当するのがレスリーで日本在住。 国や時差など関係なくほぼ同時進行でプロジェクトが進められていく、変な話トイレにいても各国間でコミュニケーションをとりながら進んでいく。 考えられないペースで○○ドルの大仕事がコンピューターの前にいるだけで、できあがっていくのかと思うと、ボーダーレスの人脈や通信テクノロジーがすばらしいと思うよりも前にテクノロジーに常に追いかけられて働かされているようでもある。 今月22日からは休暇を外国で過ごす予定だが、傍でその仕事を見守ることしかできない私にとっては、何とかパソコンを日本においてクリスマスバケーションに出かけることを祈ることしかできない。
レスリーのこうした仕事は、当然ギャラ決めはUSドルが基本となっている世界。 最近、円高のためドルで入金があると円に変換されている預金口座の金額を見るのがあまりにも辛くて、今日、USドルの外貨預金口座を開設し、そのままドルで送金されたものは、とりあえずドルで持っていようと、でもこの円高は本当にいつまで続くことやら、ますます日本のものづくり産業にとっては厳しくなってきているようです。今年も、もう終わりです。 とにかくみなさんも楽しいクリスマスとお正月をお迎えください。
メリークリスマス!!
2011年11月30日
今年もあと一ヶ月。 しかし今年の最終レッスン日が12月20日。 つまり、あと20日間で一区切りをつけなければならない。 考えただけでも焦りが出てきます。 秋から始めた自分の「断拾離」は、10月にリサイクルショップに連絡を入れ、家具や照明、食器セットを引き取りに来てもらった。 近所の人が引越しかと思うくらい、大きなトラックが到着。 しかも4人のスタッフが手際よく、次から次にうちの家具をトラックへ運び出していく。 インテリアが趣味で20代のときに凝っていた「イタリアン家具の数々」を処分、30代から凝っていた「英国のアンティーク家具」も処分。 これら買うときはみんな20万、30万していたものが、引き取り価格は1万円とか、5千円とか本当に信じがたい事実と正面を向くこととなった。 しかし、自分にとって本当に必要かどうかを問うと、一年に一度しか使わない、クリスマスのディナー用の食器や、それらを保管するための食器棚は本当に必要なものではないことがわかってきた。 モノが溢れていれば、充実感、満足感はそれなりに感じる時があった。でも、余計なものがあれば、それは自分がモノに支配される時間が増えることにもなる。 とにかく今のようにモノに満ち足りている生活から本当に必要なものだけ、好きなモノだけに身の回りを集約した生活にするために今、少しずつ歩き始めているような気がしている。
先日、息子と一緒に名古屋ポートメッセで行われたフリーマーケットに参加しました。 目的は服の処分、置きものやバッグの処分です。 特にこどもの小さくなったラルフローレンやアバクロの服を次々に処分。 服はかわいいと思い、親が買ったり、祖父母に買ってもらったりと、ほんの数回しか着たことしかない服が山のようにあった。 でも、こどもって結局自分が気に入った服ばかりを着るので、そんなにたくさんの服など必要はないんですよね。 まあ、私とて同じなんですが、ましてや、中学になった今では制服があると本当に普段着が少なくても十分。 リサイクルは、それらを喜んでくれる人に渡すこと。 また、もし、できないときはそれらがゴミになってしまうこと。 その事実関係を理解できてくれれば、モノを購入するときにこれから地球の環境や、無駄な消費を今一度考えてから決断するようになってくれればと思っている。 フリーマーケットでは息子に「値段交渉の役」を与えていろんな人と話し、価格の交渉をする経験もできた。 こうした「ライフスキル」は本人にとって「貴重な体験」。 でも、財布が重くなったと喜んでいたので、彼にとっては、おそらく経過よりも結果がもたらした喜びのようでしたが、、、、、。
2011年9月16日
夏の終わりの涼しさはどこにいったのでしょうか。
最近、「断捨離」という本を読み始め、自分の身の回りのモノの片付けを少しずつ始めたところです。 結構、自分でも感じるのだが収集癖があるのか、それとも、もったいないが常に先立ってしまっているのか、今までなかなか処分できなかったものをこの際、潔く片付ける決心をし、まずは手始めにCDが500枚近くあったものをブックオフで処分。 何とか手持ちを100枚程度に整理し、そして必要のなくなったCDラックはリサイクルショップへ持っていったら、「最近はCDの時代も終わったから、CDラックも誰も買わないから、買取はできないけど、置いていってもいいよ。」と店主に言われました。 でも、とりあえずCD周りがすっきり。 次に手をつけなければならないのが家具。 実は7〜8年前にミッドセンチュリー時代の家具にすごく惚れ込んでしまい、アメリカのオークションで落札したイームズやジョージネルソンなど当時のものをコンテナいっぱいに詰め込んで、日本に運んできました。 かなりの家具の数で、自分の家には入らないので、その為に家を別に一軒借りている始末。 とにかくこれを何とかしなくてはと、自分で目標を年内に定め、只今それらの処分と整理に奮闘中。 他には、小学校の頃ブームであった切手収集、こちらもかなりの数があり、でも、ただ持っているだけでも仕方がないと、先週、切手の買取ショップに持ち込んだら、当時人気の有った「月に雁」や「写楽」などを持ち込んだにもかかわらず、現実は期待をしていた買取価格からはほど遠く、無残にもほとんど額面を大幅に下回り、かなりショックな結果となってしまいました。 でも、気分的にすっきりはしたのかな。
確かに今まではモノが多すぎて、モノが主役となっている我が家。 モノによって支配をされている自分とモノへの責任とかが多すぎた。少しずつではあるけれどモノを少なくすることで、自分がすっきりしていく過程が楽しい。 高校を卒業してアメリカに行ったときはスーツケースひとつだった。学校を変わるのにも引越しはスーツケースひとつであったあの時代がなんとなくうらやましくも感じられる。 昔の日本家屋を覗くと本当に何もない空間がある、そのシンプルな暮らしに果たしてどれだけ近づけれるのか、残りの人生を自分の選んだ好きなモノだけを残してそれらと付き合っていけるシンプルな生活スタイルを突き詰めていければと思っている。
P.S.せっかくがんばってCDを減らしてきたのだけれど、レッチリの5年ぶりのアルバムが発売され、やはりこれだけはと思い、やっぱり購入。 クラッシク、ジャズも好きだが、自分のソウルミュージックはやはりロックなんだと思わせてしまうニューアルバムでした。
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京都府の日本海側に面した久美浜にある豪商の旧家「稲葉本家」の写真。 「Simple is Best」の象徴。そして理にかなった風の通り道と生活のための動線。便利で何でも手に入る平成の日本だからこそ、今一度、原点に戻って明治の日本の住空間のミニマリズムとエコロジーを再確認してはどうだろうか。
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| 私の好きな日本の風景のひとつ。舟屋のある小さな港町、丹後半島にある「伊根」。 正面から見ると普通の民家だが、ガレージを開けると船と海が見えるのは非常に珍しい。 | |
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| 天の橋立の近くにあり、初めて入った大衆食堂。新鮮な魚料理も多く、その安さにビックリ。 富田屋と書いて「とんだや」と読みます。 | 夕日百選でもある、夕日ケ浦の海岸。 きれいなビーチに夕日が反射する光景を見て、フロリダを思い出して服が濡れるのも気にせず、走り回るジョナでした。 |
2011年8月23日
暑かった夏も秋雨前線の影響もあり、肌が痛くなるような暑さの峠は過ぎたようです。
夏休みは毎年、涼を求めてキャンプに出かけますが、標高1000メートルを過ぎたあたりから、高原の風が涼しく感じられるようになってきますが、日中は、木陰がないところでのレジャーはやっぱり暑い。 今年はテニスコートを2時間借りたのですが、あまりの暑さで一時間ちょっとのプレーでギブアップしてしまいました。 キャンプの時は、地元の立ち寄り温泉にいったり、地元のB級グルメを楽しんでいます。 もっぱら情報源は地元の人からの話で、立ち寄る名所や食事処なんかのお薦めの話を聞き、選んだりするが楽しみの一つです。
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| 駒ヶ根インターの近くにあるソースカツ丼の「明治亭」。 有名なのか食事を終えると行列ができていました。 | 浅間温泉で教えてもらったのは、「山賊焼き」というチキンの竜田揚げ風の料理でした。 | キャンプ初日はダッチオーブンで焼く「ローストチキン」です、それと白ワインは最高です。 |
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| 諏訪温泉の人に教えていただいた「光前寺」パワーを感じるお寺でした。 | 石垣の間の隙間を覗くと「ヒカリゴケ」が見えます。 夜光塗料のような光は幻想的です。 |
早太郎が見守る三重の塔。 訪れた時間が遅かったこともあり、雰囲気は最高でした。 |
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| 多度大社の後によった「道の駅」にはパンプキンがいっぱいでした。 8月なのにと思ってしまいましたが。。。 | この道の駅の隣はレンコン畑。ちょっとピークをすぎたようでしたが、はすの花はまだ、きれいでした。 | 高原の沢は、日光がさえぎられ水の流れる音と天然クーラーの効いた夏の避暑地。 マイナスイオン付の最高のリラクゼーションスポットでした。 |
2011年7月18日
「なでしこジャパンが、やってくれました。 世界一。 すばらしい。 」今の日本にとって最高のニュースであったのではないでしょうか。 最初からアメリカが勝つと思っていたアメリカ人がほとんどでした。 でも、小さいからだの日本チームがアメリカ相手に全員のサッカーで立ち向かえば勝つことができると証明してくれた。 何度も何度も今回の優勝シーンを見ながら感動、感動の一日でした。
日本人プレーヤー達の海外で積んだ経験、コミュニケーションをとるための言語、身に着けた技は、まさにスポーツのグローバル化ですね。 日本も以前からグローバル化と言われ久しいのですが、最近になって、このグローバル化に危機感を感じている人も多いのではないでしょうか。 あまりにも英語でコミュニケーションができない。 しなくても十分済んでいってしまう現状。 国際人として対応できる英語の能力は大学卒の人たちで見てみても、韓国や中国などアジアの諸外国と比べても日本の場合、ずいぶんビハインドな状態です。 私たちが考える「将来に必要な英語能力」と今の日本の親御さんたちの考えている「こどもに必要な英語」と、実際かなりのギャップを感じてしまうことがありますが、それでもなんとかグローバルレベルの英語教育をしなければと考えています。 特に中学生クラスでは、毎週、ジャーナルの提出を行っていましたが、最近では英文でタイプしたものをメールで提出するように変えてきています。 夏休みと言うことも有り、今オーストラリアに行っている生徒からや、先日、沖縄へ旅行に行った生徒からも英語で書かれたジャーナルがメールで届いています。 そうした日常のことから違和感なく、自分で英文を書いて、タイプしていく練習をさせることで、これからは何が必要とされるのかを生徒たちに感じ取ってもらえればと思っています。 昔のように、アルファベットの筆記体など練習しても実際欧米で使っている人ほとんどいない。そんな勉強に時間をしっかり費やすのは無駄なことであり、時代から置き去りにされている英語教育だと思う。 本当に近い将来、日本の産業全体がどう変化していくのか、変化していってもついていけるのかという問題を考えながらレッスンを構成していかなければならないと考えています。 日本にいて、日本しか見ていないと「本当に英語って必要かな」と思ってしまいますが、英語を第二ヶ国語として学んでいる南米、ヨーロッパ、アジアの国々の人間がいわゆる外資系の会社をベースに日本企業を牛耳ってしまう可能性が出てくるのではないのでしょうか。 円高もここまで来ると、海外に生産拠点を移す会社が今後多くなってくることは明らか。 そして国際競争力の即戦力として必要となる人材はとなると、その答えは自ずと出てくることでしょう。 英語で考える、英語でコミュニケーションをすることの重要性がもっとわかってきてもいいような気がするのですが、特に現状の教育現場では。 実際、今まで考えもしなかったような職種に企業はTOEICの点数を要求してきているのです。 レスリーが非常勤で講義を受け持つ講座でも同じことが起こっています。
グローバル化ということで、最近気になったニュースの中に東大が9月入学にすることを前向きに考えていること。 これは、これから生き残っていく日本の大学の国際化として(実は遅すぎるぐらいであったのだが)、あの東大が先陣を切ってやるなど、驚きでした。 3月に卒業してギャップイヤーを利用して、海外留学や仕事などいろいろ体験できるのは、大学生になる子供たちにとって、自分を見つめるための最高の時間となり、目的意識をしっかりさせて、希望の大学で何を学ぶのかが自覚できる大学生になれると思います。
2011年6月27日
まだ6月というのに、今年は暑い。 なるべくエアコンを使わずにという意欲はあったのだが、さすがに我が家は暑い。 どうしても、指がエアコンのスイッチに向かってしまっている今日この頃です。
先日、ミュージアムエクスカージョンで名古屋市博物館に出かけました。 毎年行っているイベントのひとつなのだが、今年は名古屋市博物館で、オルメカ展を見に行きました。 モネ展に行ったときのような混雑具合とはまったく違い、こどもたちもゆっくり展示を見ながらワークシートを完成することができ、また、終わってからもみんなでワークシートの答え合わせができるようなスペースもあり、今年のミュージアムエクスカージョンはうまくできたような気がしました。
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| オルメカヘッドをかぶっているのは、レスリー先生です。 | オルメカ展を楽しみにしている生徒さんと保護者のみなさんです。 | 中に入る前にオルメカ文明のクイズでお父さんやお母さんも盛り上がっています。 |
2011年6月6日
先週、息子と一緒にテレビ(アンビリーバボー)を見ていたとき、ユニークな車で陸から水中まで走ることが出来る車を紹介していました。何気なく見ていて、私は「あっ、フランクの会社だ。」(ドイツの車のチューニングやアルミホイールなどを手がけるリンスピード社)と思わず声を出し、その後は、じっと見ていました。 「スキューバという車で、ドイツのチューニングメーカーが作ったのだ。」と息子に説明をすると 、「パパ、この社長、知ってるの?」と息子が聞く、「よく知ってるよ。一緒に何度も仕事をしたからな。」と言うと、「ヘェーー、パパって結構すごい人をいろいろ知ってるんだ。」と少しだけ、父親株を上げてもらえたようでした。 確かに、息子は私が仕事でどんな人と会っているのかは、あまり知らないのだけれど、テレビに出てくると、そうか、こんな人たちの通訳をしていたのかと、初めてそこでわかってくれるようです。今までは、誰と仕事をしていたよりも先に、「今日は何を食べてきたの」と、ただ東京へ行ってうまいものをお客さんと食べに行っているだけのような感覚でしかなかったようですが、通訳も結構、商談をうまくまとめていくのには、神経を使うのだけれど。 特に厳しい契約が絡んできている場合は、常に板ばさみ状態です。
2011年5月13日
先日、ヤマナカへ食料品を買いに言ったとき、たまたまレジの近くで見つけた雑誌があり、手にとって見ていると結構詳しく、仏像のことが書いてある、本は「日経おとなのOFF」入門ニッポンの仏教 というタイトルです。興味があり、購入してみたいと思わせる本だったけれど、またレジに並ぶのも億劫(実はこの言葉も仏教が語源です。)であったので購入はしなかったのですが、でも、数日後やっぱり気になって欲しいと思い、栄の丸善に行き、手に入れてきました。これから、みなさん仏門への道をといった本ではなく、仏像を見るときの楽しみ方や、普段何気なく使っている言葉の多くが仏教をルーツとしているものが解説してあったり、日本人に最も身近な宗教である仏教と日本の歴史との関連、知らないと恥ずかしい仏事のマナーなど、けっこう読み応えのある雑誌です。 週末にでも、仕事がなければ、ちょっとじっくり読んでみようかなと思っています。 次回、奈良、京都のお寺めぐりへ行く頃には、少しは仏像の見方の知識がついていることでしょう。
2011年5月7日
ゴールデンウィークは"Made in Japan"のジーンズをこだわりジーンズ職人である平田さんにオーダーするために、香川に出かけました。
またまた、今回もいろんな人と出会い、おいしいものを食べて、楽しい旅だったのだけれど、帰りはやはり、恒例の渋滞、なんと高速のSAで交通情報を見たときには、60`の渋滞となっていて、驚き。 一般道と高速を使い分けて倉敷を午後4時に出発し、自宅に着いたのは、なんと午前0時を回っていました。
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| 倉敷にあるジーンズメーカー「ベティスミス」のキャラクターの前で記念写真。 | フルオーダーでジーンズを作るための採寸をしてもらっています。 | 日本のジーンズ発祥の地、岡山県の児島でGパンダと記念撮影。 |
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| ジーンズストリートのある児島の街並み。レトロな雰囲気はあるけれど、シャッターストリートであるのがちょっと残念。 | 倉敷の美観地区でのイベントで船に乗って嫁ぐ花嫁さん。風情があります。 | 満濃池は雨の少ない香川にとっては必要な溜め池。空海ゆかりの地でもありジョナの訪れたかった場所のひとつ。 |
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| 高松はやはり「骨付き鶏肉」は、外せない。今回は「たあちゃん」に行けなかったのが少し心残りかな。 | 初めての徳島ラーメン。ちょっとおかず感覚のラーメンが癖になりそう。 一緒にご飯をみんな注文し、食べているのも納得です。 | 徳島市のはずれにあるラーメン屋さん。 他県の車がいっぱいでした。なんと私たち以外にも名古屋ナンバーの車があり、びっくりでした。 |
2011年4月8日
先日、伊豆旅行に行きました。 計画停電を覚悟して、車に懐中電灯、寝袋、水を持っての宿泊。 結局、必要なかったので良かったです。今回、伊豆へ行く途中に、40年ほど前に訪れた登呂遺跡にも行きました。 その頃はまだ小学生だったので、あまりはっきりとした記憶が残っていなかったのですが、弥生時代のことを知るための立派な資料館もあり、当時の稲作やちょっとした生活体験もできるので、こどもたちにも楽しい場所だと思いました。 今回初めて訪れたのは、伊豆の下田。 もちろん目的はペリーが上陸し、条約を結ぶため了仙寺まで歩いたペリーロードを自分も歩いてみること。 そしてまた、ハリスの世話をすることになったお吉のことや、当時の下田の人たちと外国人らのかかわりなど、多くの資料が残る資料館も楽しみにしていました。 この資料館にあった絵巻などは当時の様子が良くわかる貴重なものでした。 また、なぜ「唐人お吉」と呼ばれるようになったのかが疑問であったのですが、資料館の方にいろいろ説明をしていただき、なるほどと理解することが出来、私の疑問も解決。 息子はわからないとすぐに質問をする父を見て、「パパはスグに誰にでもわからないと質問するね。」とちょっと恥ずかしいからやめてと訴えているようなオーラを発しながら、私に言ってきましたが、「その時にわからないことを解決しておけば、後でどうしてなんだろうとずっ〜と悩むことがないから、すっきりする。だからパパはスグにわからないことは質問するんだ。』自分が知っていることなんて、ほんの少しだから、人間は一生かけていろいろな知識をいろいろな人から学んでいける。そんな私のセオリーが子供に通じてくれると良いのですが、。。。。
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2011年3月25日
毎日テレビを見ていて、自分が被災している人の為に何も出来ないといった「ギルト」があり、無念でなりません。 募金をしたり、ドラッグストアでオムツや歯ブラシ、ウエットティッシュをたくさん買い、先日もヒルトンホテルの前で物資を被災地に送るボランティア活動に参加し荷物を渡してきたりしているのだけれど、まだまだ何かしてあげなければと思ったりもする。 日本全体が協力するべき震災。 でも、こんなときだから西日本が自粛だけをしていると、被災者支援のために使われる財源の消費税も法人税も減ってしまう。 だから、今は電力は使わずに、お金を使わなければと思っている。 春休み、伊豆、箱根の旅行を今回予定していて、震災が起こってしまった。 最初はホテルのキャンセルを考えたけれど、そういう考えでみんながキャンセルすれば、絶対に観光地の景気が冷え込んでしまう。 家族で話し合って、計画停電になったら、なったで、懐中電灯をもって、その不自由さを楽しめばいいじゃないか、暖房が切れたら、寝袋を用意しておけばいいだけのことと言うことで、結局、伊豆の旅行に行くことに決定。 しばらくは外国からの観光客が望めない日本の観光地。 元気な日本になるために皆さん休みは国内旅行と外食でお金を使いましょう。
外国のメディアも日本は終わりだとか、外国領事館からは日本にいる外国人はスグに本国に帰るようにとか、たとえ原発から300キロ以上も離れているような場所でも、いろいろな憶測から日本脱出をする外国人は後を絶ちません。 政府は被災地から離れている地域の国民に対して個人消費を増やすようなプランであったり、それを奨励するような政府首脳からのコメントでも言わないと、元気な人が、助けを必要としている人を助けるという構図が出来ないのではないでしょうか。 いつも私は人にこうした説明をするときは、必ず良い例として使うのですが、飛行機に乗ると緊急時の酸素マスクが降りてくる説明があります。 すると、まず緊急時は酸素マスクをこどもに装着する前に、先に親が酸素マスクを装着し、こどもを助けられる良い状態に自らを立て直し、次に自分の子供に酸素マスクを取り付けてやる。 つまり助ける側の状態がフラフラでは人を助けることが出来ないからなのです。
震災が起きてから、一般のボランティアの人たちは本当にすごい。 日本人の人情もまだまだだと実感しながらも、わが国の首相は第一線に立ってのリーダーシップを発揮して、国民に的確な指示を出し、安心感を与えてきているのだろうかと思ってしまうのは、おそらく私ひとりではないのではないでしょうか。 忍耐強い日本。 絶対に復興して欲しい。
2011年3月12日
本当に信じられない地震が起きてしまった。 誰もが予測しなかった最大規模の地震と津波。 命を落とされた方のご冥福をお祈りします。フェイスブックを通じて安否が確認できないレスリーの友だちもいる、本当に街が壊滅状態にあり、食料も水もない、停電状態で不安な時間を過ごしている。 同じ日本にいても今は何もしてあげることが出来ない。 東京の友人からは、4時間かけて歩いて自宅に戻ったとか、今朝はキャンプ用コンロでご飯を炊いたとか、この状況でなんとかみんな頑張っている。 外国からの救援も受け入れて早く安全なところに避難できることを心から願っています。 人間が何十年、何百年もの間、こつこつと作り上げてきた町、家族、家、財産が牙をむいた自然の猛威により一瞬にしてなくなってしまう。 子供の頃は、伊勢湾台風がいかにひどいものであったのかを聞かされたり、大人になってからは前日に神戸のホテルに泊まっていて、翌日の早朝家に帰り、寝ていたときに阪神大震災が起きた。 人間の文明、科学がどんなに発達しても、人間はこの地球という星で生かされているという気持ちになってしまう。 生と死を分ける一瞬の運命的な生存確率、それを高めることを可能にする方程式など存在はしない。 だから毎日自分がここにいるということに感謝し、精一杯生きていこうと思っている。 グローバルな世界で各国がお互いが協力し合い、東北地方の一日も早い復興を切望しています。
2011年3月5日
先日、アメリカのABCニュースを見ていたら、面白い企画をやっていました。 その面白い企画とは、アメリカのごく普通の家庭に協力をしてもらい、その家にあるMade in U.S.A.ではないすべてのものを家から運び出すという企画でした。 すると、ランプ、ベッド、机、ピアノ、テレビ、コーヒーメーカー、食器、冷蔵庫などが次々に家の外に運び出され、唯一家の中に残ったものはキッチンシンクだけとなり、家財道具が何もなくなってしまいました。 その夜は寝袋を使って一夜を過ごす事になりました。(というのも、シーツ、マットレスももちろんアメリカ製ではなかったのです。) 次の日はアメリカ製のもので、代替品をそろえていく作業に入ったのですが、これが困難を極め、コーヒーメーカーなどほとんどアメリカで作られていない。 でも、探していくと、家具やカーテンなどまだまだアメリカで作られているものもあり、ようやくリビングルームとして完成したものを見て、その家の人たちも満足。 でもその値段には驚きを隠せませんでした。 確かに労働賃金と高い国で作られるものは当然のように小売価格も高くなるが、低価格のものと比較しての満足度がある製品を供給できれば製造業としてもアメリカで生存できることと、もっとアメリカ人が自国の製品に興味を持ち、消費することでアメリカの雇用も増える結果となることをアメリカ国民に訴えたかったのでしょう。 非常にわかりやすく、面白いものでした。
日本でも、だんだん日本製が消えつつありますが、職人気質が感じられる、品質の良い日本製はきっと残っていくことでしょう。 極められた魅力はなかなか真似ても、真似られないですからね。
2011年2月21日
神戸の魚崎に行ってきました。 今回は息子の中学受験の付き添いではなく、レスリーの従兄弟のボブがアメリカ海軍のキャプテンをしていて、たまたま佐世保に半年ほど駐留することとなり、アメリカで会うのも結構チャンスがなく、せっかく日本にいるのならと思い、数ヶ月前からお互いにスケジュールを調整してきて、やっと会うことができることになりました。 海の男に会うのは難しい。今回は遠い佐世保ではなく、ボブの友人が神戸の海自にいるので、会うために神戸に来るからとのこと、早速、神戸の魚崎にある海自の基地へ。 初めての海自の基地。 いきなりの敬礼でどう挨拶すればよいのか戸惑ってしまうほど、皆さん礼儀正しい。 ボブの友人のコマンダーであるNさんの計らいで船を見学させていただいた。 とにかくファーストクラスのもてなしに、本当に感謝するのと同時に、我々のような普通の民間人にわかりやすくこの船の役目をいろいろと説明していただき、初めての経験に息子以上に喜んでいたのは私だったような気がします。
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「まきしま」の前で記念撮影。この名前は日本近海にある島の名前をつけているとのことです。 |
海自の帽子を戴き、上機嫌のジョナです。機雷探知機を搭載しているのでなんと船体は木製です。 | お見送りも全員整列で敬礼していただき、お時間取らせて申し訳ありませんでした。 |
2011年2月9日
やっと息子の中学受験が終わりました。 一月から入試が関西で始まり、名古屋で終わったのが2月6日。 途中、間が抜けたようで、どうも緊張の糸がゆるゆるになってしまった期間があったけれど、振りかえってみると12歳のこどもが一ヶ月間モチベーションを保つのは結構大変だと思う。 大人の自分でも緊張状態はさすがに一ヶ月もキープさせておくのは難しい。 名古屋の入試が始まる前など結構、息子を連れ出して、本屋とか、スーパーマーケットとかに行ったりして、あまり入試を意識をさせない状態を保たせてやりました。 何がこどもにとって良い勉強環境なのか、こどもにとってどんな中学校が適しているのかをいろいろ考えた末、勉強やスポーツの面でも楽しく無理なく、のびのびと中学校生活を過ごさせてやりたい、そして今までちょっと英語もサボっていた分、これからは取り戻していかなければならないとなると、必然的に学校は他県への遠距離通学や寮生活ではなく、自宅から時間をあまりかけずに通える学校にしようと思うようになりました。 まだまだ、親として一緒に生活を共にして教えてやりたい「人生の楽しみ方」みたいなものをこれからあと6年間しっかり教えてやれる環境を選択したわけです。 中学受験という未知のゾーンに足を踏み入れてから、こどもと共に自分も「ぶれない親学」を学ばせてもらった時間であったような気がします。
2011年2月5日
寒かった1月であったが、2月に入り午後の日差しに春の予感が感じられます。 冬から春になりかけの時期が一番好きで、なにか新しいものが始まりを迎える準備をしているようですね。 先日面白い動画サイトを友人から教えられて観ていました。 おそらくアメリカ人によって作られた動画サイトと思われますが、現日本人のコミュニケーションレベルが非常に低いので、グローバル時代にフィットする話し方 「social skill」を上手にする為のテストやその入試科目に向けての対策に予備校や塾が学生を指導しているのだけれど、これもまたペーパー試験であり、結局こうした試験にパスして満足しているのは本人だけであり、その力はほとんどついていなくて、実社会での活躍にはまったく効かない。といった内容のものでした。 これも実は日本の小学校教育の弱点で自分を主張する勉強が本当に少ない。 まず小学校6年間で読書感想文や作文を書いた回数が両手の指を使って数えられるくらいしかない。 また、ディベートを授業に取り入れている回数も欧米の小学校と比べると悲惨なものだ。 こんな中でいざ社会人になったら自分を主張することができるようになるのか聞かれれば、当然その答えはわかりきっている。
親子で簡単にできるディベートの練習は、こどもが親に買って欲しいものができたときがチャンス。 こどもにプレゼンをさせる。そこでどのような理由でそれが欲しいのか、今後使う頻度はなどいろいろと考えさせ、こどもが親に訴える機会をあたえる。 そして買ってやったら、感想を聞く。 費用対効果はどうだったか。想像どおりであったか。 こうしたことを時々させてあげて慣らせてやることで、自分の主張がきちんとまとめて言えるこどもになってくれると思う。 先日、こどもに「中学入試が終わったらおいしいものでも食べに連れていってやる。」 と言ったら喜んで考えた末「中学入試は一生に一度のことなので、銀座のすし屋か、ニューオータニのトゥールダルジャンがいい。」 「でも、すしは食べるチャンスがあるけれど、まだちゃんとしたフランス料理は一度も食べたことがないから、やっぱりトゥールダルジャンかな。」私は「おいおいトゥールダルジャンデビューは20年早いぞ。」ちょっと額に冷や汗。 いろいろとグルメの情報だけは収集しているようで、小学生なのにレストラン情報とおいしいものを食べたい探究心は旺盛で自己主張はしっかりできているようでした。でも、なんとか代替案をこどもに提案するディベートをしないといけない苦しい立場に追い込まれてしまいました。
2011年1月30日
息子が「家庭科で作る材料費が学校でいるから」と言って持ってきた注文用紙を見せてもらいました。 「こんなの作って楽しい?」と聞いたら、「本当は僕はデザインがこうこうで、こんなものを入れるものを作りたいんだ」と、いろいろ真剣に自分のアイデアを熱弁してくれました。 最近の家庭科で作るのは、キットを組み立てるだけ。 きれいにパターンどおりに物事を作っていくのは、それはそれでよいことだと思うのだけれど、やっぱりせっかくこどもたちそれぞれ何かを作るという高いモチベーションを持っているのなら、もう少し子供たちの独創性を出せる家庭科の指導があっても良いのかなと感じました。 僕らが子供の頃は、家にこれがいる、あれがいるといって、布のハギレや、木材なんかを集める材料の調達から始まり、何かを作った覚えがありますが、最近は、図工にしろ、家庭科にしろ、すべてきれいに出来上がるようになっている。だから、完成したものを想像しなくても、どうなるのかが最初からわかっているのは、こどもの「作りたいモード」を自然に半減させるような気がします。
2011年1月28日
正月が来たと思っていたら、もうスグ2月。 時の経つのが早いです。外の寒さと同じように最近の大学生の就職事情はすごいことになっていますが、どうなっていくのか今後の日本経済。 もう、海外に進出していかないと日本企業が生き残る道は残されていないような気がします。 なのに、これが英語教育の現場では改革がぜんぜんなされていない。 50歳を過ぎた私が中学のときに学校の先生から教えてもらっていたような教え方がいまだに健在、しかもその悪い意味での伝統をわざわざ引き継いでいて、それをそのまんま小学生に教えている。 おんなじことを小学生に教えていっても、相変わらず進歩のない英語教育だけがそのまま残っていき、そんな中で変にプライドを持って「英○の○級を持っていますから。」と自慢するが実際にコミュニケーションを英語ですることができない。 企業の面接試験官だって、プロだからそんな紙の証明なんか実際のところ誰も大して気にも留めていないのが、教育関係の方がわかってらっしゃらないのが残念です。 これからの教育がもっとグローバルな器を持って取り組んでいかないと、日本の教育も、就職難も、これからどんどん世界から取り残されていくかもしれない。 と不安を感じて止まない。 英語を10年勉強しても英語が話せない。 とか 英語が話せない人が平気で英語の先生をしている○○式の英語とか、絶対に今の受け身の教育制度や役に立たない英語教育を変えていかなければ日本は、アジアのひとつの小国になる道をたどっていくかも知れません。
2011年1月24日 神戸三ノ宮の高架下がお気に入りです。
先日、神戸に4日間も滞在することになりました。 初めての神戸というわけでもないので、特に今更観光をするといっても、異人館や港に観光に行ってもナ-ということで三ノ宮のあたりを私ひとりでこどもが入試を受けている間にいろいろと散策。 息子が夕方になると住吉から三ノ宮に戻ってくるのを駅で待ち、合流しふたりで夕食へ。 その日は高架下で、大盛り海鮮丼をなんと¥580で食べさせてくれる小さな店を発見。 一日目は迷わず、海鮮丼に決定。 次の日は南京町に行ったのだが、どうしても横浜と比べてしまい。 夕食を食べるレストランを決めることができず(理由はどの店もなんとなく同じような感じで魅力がなかったということもあるのかも。)、とりあえず豚まんを食べてから二人で協議の結果、またも三ノ宮まで戻り、そこで夕食。 昭和の雰囲気を残してくれている高架下。 私にはストライクゾーンなのだが、不思議と息子にも、世代を超えた魅力があったのかもしれません。 ということで三ノ宮も今日が最後かなと思ったら、翌日、雪にもかかわらず、名古屋から車でレスリーが到着。 六甲アイランドにあるシェラトンが宿だったが、三ノ宮の話をしたら、「I want to go there.」ということで、またまたバスで片道20分かけて、三ノ宮の高架下の居酒屋で夕食。 最近、円高のせいもあるのか、東京でも、こうした高架下のような昔からの居酒屋が東京なんかを訪れる外国人観光客に人気があるそうです。 そんな風景が外国の人にとっては日本らしく、日本を体験できる絶好の場所なのでしょう。 東京で通訳の仕事をしていると、商談接待で行く、メニューに値段が書かれてないようなレストランよりも、外国の方は回転寿司とか路地裏の居酒屋に皆さん結構興味を示しているようです。 その中でも築地の魚市場の観光は、観光客が一番喜ぶ東京観光のメッカのようです。
2011年1月11日 いよいよ新しい年が始まりました。
9日の日曜日、息子の初めての中学受験の付き添いで大阪まで行ってきました。 中学受験などしたことがない私にとって、どんなものなのかとすごく興味があり、こどもの合否の心配そっちのけで、好奇心がいっぱいでした。 会場に着くと、大手の塾の先生たちそれぞれが、黄色や青色、ペン先マークのデザインなどいろいろな「のぼり」を掲げて、1000人近くになるのではないかと思われる数の小学生らが会場前でひしめき合っている様を見ていると、まさに戦国時代の戦国武将らがいざ戦わんとする光景で迫力満点。 とにかく、びっくり。中学受験はこどもたちの戦場であることはわかっていたが、取り巻く塾の勢力図がしっかりアピールさせられていることを気づかされた一日でした。 今週は金曜日からまたもや受験で神戸に移動。 3泊の予定で受験2回目を迎える。 二戦目の余裕なのだろうか、神戸では中華街に行きたいと息子に頼まれ、ちょっとした旅行気分でいるらしい。 こんな調子なら緊張もなく普段の自分のままで受験できるだろう。 それはそれで親としても安心かな。
9日も、難波の駅で長蛇の列を並んで近鉄の帰り切符を買っているとき(ちなみにこの日は試験が終わって道頓堀でたこ焼きを食べながら道草を楽しんでいました。)、息子がひとりでみやげ物を買い行き、買ってきたものを自慢げに見せてくれました。 巷では合格祈願商品が店頭に並んだり、縁起の悪い「オチル」「スベル」などの言葉に気をつけたりとする受験シーズン特有の風潮がある中、こんなものを買ってきました。 「エ-っ」と思った瞬間、笑いが止まらなくなり、家に戻り、面白くてデジカメで写真を撮りました。
この時期、受験を控えている小学生の諸君に、あまり気負いしすぎずに、リラックスして笑いながら受験してください。 そうすれば、絶対に普段の自分で実力を発揮でき、良い結果となることと思います。 受験生ガンバレー!!
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2010年11月21日に日本で最大級の英語学会(JALT)が名古屋で催されました。
今年のJALT大会(参加人数:英語の先生ら千数百名)は名古屋で開催されたため、マグロウヒル社からの提案でビッグボウの生徒さんと一緒に、ライブレッスンを行いました。
実は、生徒さんと一緒にレスリー先生が学会でライブレッスンを行うのは初めてです。 こどもたちにとってもたくさんの外国人の英語の先生や、お父さん、お母さんが見ている前でレッスンを受けるのはきっと緊張したことと思いますが、どの子もみんな普段のレッスンに近い感じで楽しんでくれていたようです。 子供たちが大きくなっても、この経験はきっと思いで深いものとなる気がします。
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| 会場はミッドランドスクエアのスグ裏にある「ウインクあいち」でした。 | 前半は、ちょっと緊張気味だったかな? | ライブレッスンも中盤。 |
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| 熱心に聞き入る先生方。 | 後半は普段のレッスンのようでした。 | みんな、お疲れさんでした。"You guys did a great job!" |
「初めてのおつかい」で子供を送り出す親の気持ちを味わいました。
ジョナが小学生の4年、5年の春休みにひとりでアメリカにいったことがあるのですが、飛行機はアテンダントのヘルプやエスコートがあり、寝ていても到着すれば起こしてくれるし、乗り継ぎ時間待ちなどは、こどもの待機場所もきちんと確保されていることも有り、道中は安心でき、また目的の空港に着けば、すぐにアメリカの祖父母が迎えに来ている。正直、なんの心配もなく、出発を見送ることができたのですが、明日、塾の講習でひとりで兵庫県の西宮に行くことになり、親としてはこどもがひとりで電車を使ってのはじめての旅に少し不安があります。 新幹線とJR,また阪急の発着時刻を調べ、前売り指定券を買い、できる準備は事前に整えたところです。
本当にひとりで行くことができるのか、心配な気持ちはあるのですが、反面、ひとりで乗り換えができ、時刻表を見て確認したり、駅の人にわからないときは尋ねることができることで、少しずつ親が全部してやらなくても、できるようになっていって欲しいと思っています。
明日、名古屋に戻ってくるのは午後10時前ぐらい、道中のエピソードが聞けるのがなによりも楽しみです。
先日、ハロウィーンパーティーが終わりました。
イベントが先週末そして今週末と続き、さすがに2週連続で、準備も含めると結構大変なことなんです。 だんだん体力的に月曜日になると、どうも疲れが残ってしまう今日この頃です。 でも、こどもたちが学年やクラスを超えて楽しんでいる姿を見ることで、不思議とエネルギーがもらえますが、やはり家に帰り夕食を済ませると疲労を感じてしまうのは、年齢的なものなのでしょうか。
今年もカーニバルゲームやスナック、トリックオアトリートであっという間の95分間でした。
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| 今年のジャックオーランタンは、ジョナが作ってくれました。 | パーティーの前にジョナとMr.いとうのツーショット。 |
レスリー先生は今年はデビルで登場。 |
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| ゲームの説明を聞き入るこどもたち。 | なにやら、輪ができていました。コネクトフォーというアメリカのゲームに真剣です。 | ドラキュラの歯をはめて見せてくれたMちゃんとAちゃんの姉妹。 |
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| 最後の記念写真は、silly faceで撮りました。 | 夜になって、キャンドルを入れて灯したジャックオーランタンです。 | 左のジャックオーランタンの後ろにも、彫ってあります。 |
2010年のビッグボウBBQパーティーの様子です。
今年も雨に降られずに、無事楽しいBBQパーティーが終わりました。 私が普段キャンプに出かけるときは、必ずもって行く、ダッチオーブンを使って今回のビッグボウのBBQパーティーでローストチキンを作りました。 そしてダッチオーブンが作り出す絶妙なほどジューシーなチキンを皆さんに味わっていただくことができました。 前々から一度味わってもらいたいと思っていたので、作り手としては喜んで食べていただき、「すごくおいしいね。」とか言われると、本当にシェフとしては最高の気分です。 キャンプ推進派の私としては、これがきっかけとなりアウトドアやアウトドアクッキングに興味を持ってくれる子供たちがいればと思っています。
ダッチオーブンは鉄製のため、錆びやすく、馴染んでくるまでは使用後は必ず油をぬって手入れを怠らないことが大事ですが、私なんかは、もう10年使っているのでダッチオーブンに油やシーズニングがしみこんでいることもあり、そんなに錆びる心配もなく、とてもおいしい料理をダッチオーブン本体が作ってくれます。 家庭のオーブンやレストランよりも絶対においしいと自負することのできるお薦めのローストチキンです。 そのほかリブのトマト煮込み、ジャーマンポテト、パエリヤもダッチオーブンに適したアウトドア料理だと思います。
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| 今年は、ハンバーガーを炭火で焼いて食べました。 | ダッチオーブンでローストチキンを作りました。 味はとっても好評でした。大成功! | ポテトチップスは、もちろんアメリカのレイズです。 |
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| ハンバーガーにはケチャップで顔を描きました。 | ローストマシュマロは、初めての子も、懐かしがる子もいました。 楽しそうです。 | 今年もレスリー先生の実験が行われました。 |
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| 人間のからだを電流が流れるという実験です。 | 手をつないだり、離したりして電球のスイッチが入ったり、切れたりしました。 | 実験で作ったニセモノの雪に大興奮なこどもたち。 |
2010年10月12日
10月10日に愛知淑徳大学、星が丘キャンパスで行われたETJ名古屋大会に於いて、レスリーイトウ著書の講師用指導書「WE CAN!」を使っての教授法について講演を行いました。 下の写真は講演風景です。
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| 講義@ | 実際のテキストを使い講義を行うレスリー先生。 |
参加型のプレゼンテーションです。 |
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| 講義A | 熱心に聞き入る参加者の皆さんは英語の先生たちです。 | クラスの中で教える場合を想定してのレッスン。 |
2010年10月8日
先日、ここで藤前干潟のことについて書いたのですが、ちょうど昨日、レスリーのナレーションの仕事でなんと今回のCOP10で藤前干潟の環境、生態などの説明分を英語で録音するナレーションの仕事があり、妙に偶然というか不思議な感じがしました。 干潟の自然、野鳥の保護は未来へ残していかなければならない大切なものだと感じると同時に、名古屋に住んでいてこのような自然を結果として残すことになったことは、名古屋人として誇りに思えることである。 しかし、この藤前干潟に車で来る途中に中央分離帯、道路わきにゴミが捨てられている現状を目の当たりにすると、名古屋市民の中にマナーのない人間がまだ多くいるのは、非常に残念である。
志摩観光ホテルの日本食の料理長が志摩一帯に生息する野鳥を写真に収めて、それを本として出しているということで、とても興味があり志摩観光ホテルに1泊の旅行をすることを決めました。 一泊ではなかなか多くの鳥に出会うことができなかったのですが、平日ということもあり、静かな賢島を堪能することができました。 やはり「美し国」、三重の志摩観光ホテル。食事は特に伊勢海老のクリームスープが絶品でした。 今回は野鳥以外にも灯台見物やリアス式海岸の絶景が楽しめました。
15年ぶりに訪れた懐かしい大王崎。 昔のままの小さな漁港の様子はそのままでした。
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10月から解禁となる「安乗ふぐ」。てっさ、てっぴ、から揚げに満足のレスリー。
安乗漁港のスグそばにある「まるせい」(写真左端)はおいしかった。
珍しい四角柱の安乗灯台(写真真ん中)と大王崎の灯台(写真右端)です。 いつも思うのですが、灯台って、絵になりますね。
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写真の左から、「波切漁港」「御座の白浜」「夕日百選のひとつ、志摩観光ホテルから見る夕日」
2010年9月27日
昨日は息子と二人だけの日曜日だったので、ハードウォッチングに出かけました。 8月にキャンプに行ったときに初めてバードウォッチングを教えてもらって以来で今回は自分たちで行くのは初めて。 それでどこか良いスポットをと思い、ネットで探していたら、ありました。 しかも案外近場で。 ラムサール条約に保護する湿地として登録されている藤前干潟です。 野鳥観察館などもありスコープを使わせていただくことができ、初心者でも結構楽しめます。 自分たちで認識できた鳥たちを家に着いてからノートに書き出し、図鑑でそれぞれを詳しく確認する作業が結構楽しいものです。 しかもその中にレッドリスト(絶滅危惧種)に入っている鳥などがあると、その鳥の生態を垣間見ることで得した気持ちになれます。 秋の気持ちの良い日には是非バードウォッチングをお薦めします。 メンタル的にもリラックス効果大です。
今回、藤前干潟で観察した鳥たちですが、結構同じものをフロリダでも見ることができるのにはびっくりしました。今の時期なら、干潟で以下の鳥たちが簡単に見つかりますよ。 カワウ、ミサゴ(鷹の仲間でレッドリストに入っています。)カルガモ、アオサギ、コサギ、ダイサギ、他にシギの仲間がいましたが、名前はわかりません。 きっと本当はもっとたくさんの種類がいたのだろうが、素人ゆえ名前がなかなかわからないのが、もどかしいです。 庄内川も昔と比べると結構きれいになりました。
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2010年9月25日
トリエンナーレ。長者町の展示に拍手。
23日に長者町会場に出かけました。 長者町界隈はレスリーのレコーディングの仕事でスタジオがあり、車では良く出かける町なのだが、歩いてじっくり散策したのは35年ぶりぐらいだろうか。 当時はいたるところで車が止まり繊維や洋服を積み下ろししている風景が自分の頭の中に残っていた。 地下鉄で伏見駅を降りると当時と同じような昭和の面影がいまだ色濃く残る地下道の商店街を通り、それから地上に出て、歩いていると、おしゃれなカフェやレストランがあるのにが気がついた。 昭和の町並みの中にトリエンナーレという芸術のスパイスをふりかけられたことによって、なんとなくニューヨークにあるソーホーのような光景にも通じる長者町を感じた。 なんでも古いものを壊してしまうのではなく、何とか時代の流れを生かして今後の街づくりにつなげていって欲しいと願うのは、私ひとりではないと思います。
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| 古いビルの一室の壁に飾られたモノクロの長者町風景。 | 招き猫はインパクト大。 | ビルの壁面にレトロな看板。 |
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| トリエンナーレの長者町宣伝ガールズなのでしょうか?!。 | 草間さんデザインの水玉プリウス。 | あの有名な草間さんのパンプキン。 |
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| エクスカージョンで親切に説明をして頂いた近藤さん。 | 芸術センターの中を通るグリーンのチューブ。 | グリーンのチューブの中は意外と広くて快適でした。 |
2010年9月3日
今年のビッグボウのミュージアムエクスカージョンは、「あいちトリエンナーレ」で草間作品に出会う。
3年に一度のトリエンナーレ、こんないいチャンスはないじゃないですか。 まじかで草間作品をはじめ、いろいろな現代アートに触れる機会が名古屋で。 こどもたちにもわかりやすい作品も多かったので、きっと楽しいミュージアムエクスカージョンができそうです。実は昨日、下見に行きました。 スケールがとにかく大きい作品ばかり、中には正直言うと、これアートなの? と感じるものもあったのですが、アートは人がどう感じるかではなくて、自分の表現方法だからアーティストからすれば、作品を私たちが評価することも関係ないわけであって、そうした気持ちで見ていると、結構楽しめます。 トリエンナーレは理屈、技法、万人受けすることを無視した愉快な作品たちが見る人たちにいろいろなメッセージを投げかけてくれる場所だと思います。
私自身、結構面白く感じたのは図鑑から切り取った無数の植物などを立たせて廊下に並べ、自然の森を表現しているのだが、メッセージとしては現代人は実際に自然の花、木、虫、などを自然の中で見たことなどなく、我々の知っている自然なんて図鑑に載っている写真やイラストでの世界でしかないんだとうったえているようでした。
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| 私には甲蟹の大群のようでした。 | 水玉の花は草間作品の代表的なもの。 | グリーンのチューブは少しだけ入ることができます。 |
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| 近くで見ると迫力があります。 | オアシス21の屋上に浮かぶ水玉アート。 | かわいい動物のオブジェもありました。 |
2010年8月17日
お盆休みが終わりましたね。 これからは少しは秋らしく感じる日があっても良いのかなと思うのですが、気象予報によると残暑はまだまだ続きそう。 暑さも今月中はかなり厳しそうですね。 今回のお休みはとにかく、名古屋の暑い夏から少しでも抜け出したくて、八ヶ岳にキャンプに出かけたのですが、期待していたほど涼しくなかったので、ちょっと肩透かし感はあったのですが、それでも木陰に入ったり、風が吹いたりすると高原の気持ちよさが時折体感できました。霧が峰の湿原を歩いていたときは午後の1時ごろということもあり、かなり暑く、目的の「ヤナギラン」が満開の場所まで行って帰ってくるだけで汗でびっしょりでした。 今回は息子にに高原を生かした農業ということで、野辺山原の高冷地農業の野菜栽培を見せたやりたかったことが目的のひとつあったのですが、その他にもバードウォッチングを初体験。地元の野鳥協会の方にガイドしていただき、早朝の6時半からシジュウカラの子育ての観察を楽しんだり、植物図鑑片手に、夏の花の名前を見つけたりと、わたしの考える野外勉強スタイルでこどもと一緒に自らの知識も増やすことを楽しんできました。 もちろん食の勉強も忘れません。 今回は「白いとうもろこし」を見つけ、手に入れました。 今まで生でとうもろこしなど食べたことがなかったのですが、そのまま生で食しても非常に甘くてびっくり。そこでその夜は、アルミ箔にこの「白いとうもろこし」を包んで炭火の上でじっくり焼くと、今までとうもろこしでは味わったことがない美味でした。 これには家族みんなは驚いていました。
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| アザミと蝶 | 8月に見頃のヤナギラン | ウドの奥に広がる八島ケ原湿原 |
2010年8月2日
本日、名古屋の南山大学で行われた「英語指導セミナー」でレスリー先生の講演が行われました。 セミナーに参加された方のほとんどが高校の先生ということもあり、レッスン数の限られた高校の英語の授業の中でどのようにオーラルコミュニケーションを現場に取り入れていくのか、また、どのようなアプローチでそれを可能にしていくのかが課題のセミナーでした。 ビッグボウでの指導経験から必ずできる実践を交えてのセミナーであったこともあり、多くの高校の英語先生方に納得していただける方法論の講演をすることができました。 海外に留学をしようと考える大学生が減少傾向にあり、無難な人生だけを考えていると、日本が本当にどんどんガラパゴス化が進んでしまうような気がします。海外に出て、語学を学び、考え方、技術を学び、国際感覚を身につけていくことをしなければ、日本の人材、国力、魅力がしぼんでいってしまうような気がします。 微力ながらすこしでも日本人が国際人として活躍できる場に対応できるように何かを発信し続けていかなければと考えています。
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| 遠方から自費でセミナーに参加されていた先生方。今後のご指導の役に立ってくれればと思っています。 | クロスカリキュラーレッスンがもたらす効力を真剣に聞き入ってくれていました。 | 初対面の先生方がペアワークで練習する時間。楽しんで練習されているようでした。 |
2010年7月28日
「ボサノバが暑い日を涼しくさせてくれる。」
先日、車を運転しているとラジオからボサノバが聞こえてきました。 外はかなりの暑さなのだが、車内で聞いていると、なぜか不思議と暑さがあまり気にならなくなり、結構涼しい気持ちにさせてくれたんです。 そこで早速、今日タワーレコードに行き、ボサノバのCDを購入。中にはリメイクされた昔の曲も多く含んでいたのだが、私自身シャーデーとかクレモンティーヌといったちょっとジャジーでけだるい感じの音楽を暑い夏にエアコンの効いた部屋で好んで聞いていたので、ボサノバといっても、雰囲気が似ていて聴きやすく、疲れず、ラウンジミュージックのようでこの季節にはぴったりツボにはまった感じです。 私の家ではおいしい食事は車でたとえるなら、「ガソリン」、音楽は「エンジンオイル」という位置づけでしょうか。 だからシチュエーションにあわせて、いろいろな音楽を聴いて普段の生活を楽しんでいます。 夏になると雨が降っていなければ、ほぼ毎週末のように家でBBQをするのですが、このときに聞くのはレゲエのボブ・マーリーやアメリカの国民的歌手のジミー・バフェットなどが定番。どんな素材をBBQにするかを決めたら、聴くCDを選んでいくのが週末のルーティンです。 私が仕事をするときはモーツァルト、妻が仕事をするときは坂本龍一です。 ジョナは寝るときに部屋を真っ暗にして、眠りにつける音楽を小さいとき頃から必ず聴いていたのだが、最近は自然の声(森の小鳥の声が入っているCD)なんかを聴いています。 それぞれ自分の感情にあった音楽を選ぶことで、やる気が出たり、リラックスができたりするものです。 ちなみにジョナがテストを受ける前に必ず聴くのは、忌野清四朗の「雨上がりの夜空に」を聴くとすごくやる気が出るそうなんですが、不思議です。
2010年7月24日
「暑い、本当に猛暑だ。」日本列島の熱帯化を感じるような気温である。 エアコンなしの生活がまったく想像がつかない昨今なのだが、40年ほど前には私の家にはエアコンというかクーラーが1台ありました。それは地下水を循環させて冷やしていたタイプだったと思うのだが、今のエアコンのような冷える快適さはあまりなかったことだけは記憶している。当然こども部屋の私の部屋にエアコンはなく、暑いながらもそこで、夏休みは勉強し、寝ていたのである。当時20円を持って毎日市民プールへ行くことで、ひとときの涼しさを感じ過ごしていたのだが、大人になった今、エアコンに頼って生活をしている。 妻はアメリカのフロリダ出身ということもあり、毎年6月ぐらいから9月ごろまで毎日が暑い夏なのだが、フロリダの家の中は、24時間、一年中エアコンがフル稼動しているので、家の中に居るときは暑さを感じることもさほどないそうだ。 妻の中学生時代など夏休み中は毎日を家の中で過ごすか、自宅プールでからだを動かすかといった優雅な生活。 「オールウェイズ三丁目」のような昭和の生活感の中で少年期の夏をすごしてきた私とはかなりギャップを感じるところである。でも、なんとか私が暑さに耐えることのできるのは、汗腺の退化はなく、暑いときは十分に汗をかくことができるからなのだと思う。 アメリカなど赤ちゃんの頃からコントロールされた環境で温度変化に適応する必要性のなかった妻などは、こんなに暑くてもあまり汗が出ないので、熱がからだにこもってしまい、たまに体調が悪い日もあるようです。 日本人も生まれたときからエアコン生活をしている若い世代の人たちは、だんだん汗腺の退化もおこりやすくなってくるのでしょうか。 しかし、気温も40度近くなるのは、私が子供の頃からは考えられない話です。 皆さんも熱中症にはくれぐれも気をつけてください。
2010年7月20日
昨日、前回の信楽の帰りに通り過ぎた水口の歴史が気になり、再び水口を訪れました。 海の日のこの日は梅雨明け後らしく猛暑日であり、非常に暑かった。 何を調べに行ったのかということになるが、家光が京都上洛の際に泊まるための場所として京都二条城を模した御殿を建設させた。たかが1年に一度使うぐらいの為に巨額を投じる。 やはり3代目の考えそうなことなのだろう。 でもこの宿場町としての歴史は豊臣の時代にさかのぼることとなるが、まさに時代は常にその時の勝者により、どんどん上書きされてきているようだ。 実は、現在、当時この地にあった岡山城はなくなり、水口城は明治と共にその幕を閉じ、本丸跡地は高校のグランドになっている。当時の石垣などは競売に出され、国鉄の線路に敷く石になってしまったそうだ。 資料館でいろいろ説明していただいた方にお茶まで頂き、歴史の他に水口の有名なかんぴょうの話もしていただいた。これまた、かんぴょうが実際に畑でどう栽培されているのかまで教えていただき、本当に実りの有る一日でした。 かんぴょうって「かぼちゃ」か「へちま」かと思うようなけっこう大きなものでへちまのように上から下がるのではなく、スイカのように畑で育つっていうことを今回初めて知りました。
| 近江八幡から琵琶湖湖畔の道路脇にあるコーヒーショップ。夕日がきれいでした。 | 信楽でロクロを使って陶器作りに初挑戦。出来上がりは一ヵ月半後だそうです。 | 水口城跡のある滋賀県の水口は東海道50番目の宿場町です。 |
2010年7月16日
「遊び」 、機械の部品と部品との間を、ぴったりとくっつけないで、少しゆとりを持たせてあること。と国語辞典に書いてあります。
よく息子に物事にはすべて適度な「遊び」が必要だと教訓のように言っています。例えば、F1マシンのようにレースコースのみを走るためにつくられた車には、ハンドルに「アソビ」がない。 だから普通の車を扱うようにハンドルをほんの少しの角度を回しただけで急に曲がって事故につながってしまう危険性がある。 でも、公道を走る車がそうであったら、危なくてしょうがない。 ハンドルとタイヤの関係に適度な遊びがあるから誰でも普通に無理なく運転できる。 自分の息子も含め、中学受験の為にがんばっているこどもたちには、ちょっと無駄な時間に感じることでも、あえてさせてあげないと、でも本当は無駄な時間ではなくてこれから先、物事をこなしていくために非常に重要な「アソビ」だと思っています。 今の子供たちの多くはオーバープログラムされたハードスケジュールをこなしている。 親ができない部分をその道のプロに任せているのはわかるのだが、そんな中でこどもとのコミュニケーションや、感動を共有できる時間を過ごすことが、こどもたちにとってどんなに大切なことで、必要な「アソビ」の部分になるのかを親が考えてみる時間とそれを与える勇気を持って欲しいと思っています。 「アソビ」なしに育てられたF1マシンのような子供がレーシングコースから降りる時がきたとき、そのこどもがはたして公道を走れるのかを。 私の考えるところの「アソビ」はDSやマンガは意味していません。 「旅行ではなく、たびをする。」 「自然を観るのではなく、自然をいただく。」 失敗を経験しながらこどもと一緒に解決していく親の行動がきっとすばらしい「アソビ」を作ってくれますよ。 これからの日本のこどもたちがどんな職業に就こうとレーシングコースのようなスムーズで障害物がない未来では絶対にないはずですから。
2010年7月14日
"Your Party makes strong debut." 7月13日の 読売英字新聞の記事の見出しです。 これを訳せますか?
選挙が終わり、その結果を英字新聞(Daily Yomiuri)で見ていると、LDP(Liberal Democratic Party)が自民党 ,DPJ(Democratic Party of Japan)が民主党などのように日本語の政党名が訳された英語表記の政党名が書いてあります。 これらを関連付けることはまだできるのだが、今回の選挙、「みんなの党」は、 「Your Party(YP)」と表記されていました。 実際このあたりまでがぎりぎり英語から日本の政党名が想像がつくものの、「New Renaissance Party 」が「新党改革」とか 「The Sunrise Party of Japan」 が「たちあがれ日本」とかが出てくるとなかなか日本語と結びつかない。 選挙結果について妻と話をしても、どの政党のことを話しているのかお互いがくいちがってしまい話が進まず、代表者の名前が出てきて、ああ、この党の名前は英語でこうなるんだと納得するしだいです。 政党名の英語訳って本当に必要なのでしょうか。 ちなみに公明党はKOMEITO と英語に訳されずにそのまま書いてありました。 これらクイズのような英語訳の政党名をいったい誰が決めたのでしょうか。
2010年7月13日
"Make lemons to lemonade"
単に訳してしまえば「レモンをレモネードにする。」という直訳になるのでしょう。 でも、ここに隠されている意味は酸っぱいレモンでも蜂蜜と水を加えることで、レモネードを作ればおいしく飲めるということなのですが、実はこの言葉は、妻の母がよく言っていた言葉で、何年も前に妻から聞かされてから、どうもこの言葉に含まれる意味が気に入ってしまい。 以来これが私の人生哲学の基本というか、人生はそうすべきなんだと考えるようになりました。物事も考えようで、失敗とか、思ったようににうまくいかなかったら、どうしようと落ち込む前に、発想を少しだけ変えることで何か別の楽しいものが発見できるという、すばらしい意味を持ってます。 こうした考えで毎日を生きていると、結構、ちょっとしたハプニングさえも楽しく感じたりすることができるものなのです。 こうした発想の転換ができるのは、心の中にゆとりがある証拠です。今度は心のゆとり、Mr.いとうの子育て論として「アソビ」の大切さを、一度お話できればと思います。
2010年7月6日
先週の日曜日に滋賀にある信楽の陶磁器の美術館「陶芸の森」に行ってきました。 久しぶりの新しい陶芸作家の作品を観てその斬新さに見入ってしまいました。展示作品には海外の作家も多い中、アキオ タカモリ氏の作品を妻は気に入ったようで、観覧後、普通ミュージアムショップでは何も買わない人が今回珍しく作品がプリントされたクリアファイルを買っていました。 あとで、いろいろ調べると日本で生まれ、現在は活動拠点をアメリカに移し、シアトルに最近建てられたホテルの前に大正時代の人をデザインしたような人間の像が数体ディスプレイされているそうです。 以前は、仕事で2〜3ヶ月に一度はシアトルに訪れていたのだけれど、最近はまったく行く機会がないので、仕事ではなく、今度シアトルに行く機会があれば是非、それらの作品を観てみたいと感じました。 でも、いったいいくらぐらいでオークションで動いているのだろうと、ちょっと気になったりもします。 今回、信楽近辺で偶然に通りかかった水口という宿場町の歴史が気になったのだけれど、時間の関係で資料館に行くことができなかったので、近日中にもう一度、この地を訪れたいという気持ちです。 日本には歴史があるので、いたるところにその歴史がいろいろな形で残っている事実があり、非常に面白いものがあります。 高校のときの社会の先生で、教科書を使わず、いつも「地図帳を出せ」と言って授業を始めた名物先生が居たのだけれど、この年になってやっと地図帳から日本の歴史、日本の産業、が見えてくるようになったような気がします。
信楽で見た妙な光景です。電信柱のようなポールにたぬきがいっぱい。
2010年7月2日
先日、ネットニュースに「楽天」が社内の公用語を英語にすると出ていました。 新しい世代のグローバル企業としては、当然のような気がしましたが、でも、そう考えていない企業がこれからますます目に見えない国際競争から脱落していくのではないでしょうか。ヨーロッパでは、ほとんどの企業では公用語は英語になっています。 また大学の授業も多くの講義は英語で行われていますが、日本の大学で講義がすべて英語で行われている授業がどれだけあるのでしょうか。企業が前向きに社運をかけてグローバル化に取り組んでいるのに、日本の教育が国際化を真剣に捕らえていないのはなぜなのだろうと思います。 今日も小学生の息子が「学校で英語の授業があったよ。 でも先生の発音、すごく変だった。」聞いてみるとthの音の発音がsの発音になっていたらしく、カタカナ英語のようであったようです。文科省も小学英語の取り組みを始めているのであれば、バイリンガルな子供たちが増えてきている昨今、にわか英語講師に任せるより、もう一度取り組み方を考え直す必要はあるのではないでしょうか。中学の英語との連携も踏まえ、このあたりから日本の英語教育を変えていかなければと感じました。 まずは、政権が安定しなければ無理な話なのでしょうか。
2010年6月25日
毎週、楽しみにしている「龍馬伝」。 「龍馬伝」にも登場してくるのだが、その時代のアメリカ文化を日本に伝えた重要人物ジョン万次郎の残した英語に非常に興味がある。 というのも春に高知の龍馬記念館を訪れたときに、現存している当時英語で書かれた文献にルビがふってあるのだが、現在のカタカナよりも、より英語の発音に近いものなのである。 でも、今実際に私たちが使っている外来語や日本英語では発音からではなくローマ字読みからカタカナが作られ、ルビが付けられているのはどうしてなのだろうと疑問に思った。 高知城の中で露店のおばちゃんが売っていた「アイスクリン」。 いったいどんな味でどんな食べ物だろうと、興味があった。 そして息子にこのアイスクリンを買いに行ってもらい、味見をさせてもらった。するとアイスクリンは実はアイスクリームだった。 でも、その味は1975年に私がアメリカのコネチカット州に行ったときに、そこで初めて食べた手作りアイスクリームの記憶がよみがえってきた。 ロックソルトを使ってかき混ぜながら作ってくれたホームメイドのアイスクリームととてもよく似た食感であり、味も同じようであったので、懐かしい気がした。確かにアイスクリームを発音すると、英語では、ice cream 「m」は「ム」の音ではなく、口を閉じた発音をするので、先入観なく英語を聞いただけであれば、むしろ「アイスクリン」の方が本当の英語に近い発音なのだが、いつから、どこからアイスクリームと統一されるようになったのか、またまた語源に気になりだしてきてしまった。 結構ことばの成り立ちを深く追求していくのも、それなりに楽しいものである。 通訳をしていて、よく「辞書にはどうしてこうかいてあるのだろう」と、疑問が残るときもしばしばです。
2010年5月20日
子供からの黄色信号点滅。 息子は私立の中学受験のために4年生から塾に通っていました。 ほぼ毎日、勉強が楽しく喜んで塾に通っていたのですが、6年生になり、春の春期講習を(毎年、春休みはアメリカに一人で行っていたため、息子にとってはじめての春季講習)受け、中盤に差し掛かったた頃から、「パパ、なんか最近、最後の1〜2時間の授業がまったく頭に入ってこない。」などと言い始めました。 それもそのはず、朝の8時30分ごろから、夕方6時までの長時間。 しかも、からだを十分に動かせるようなスペースも休憩時間もなく毎日このスケジュール。 レスリーがよく講演を行っているときに、「脳の効率良い使い方」とか、「人間の脳の性質と睡眠時間」を多くの先生たちを対象に話しているのですが、全く逆の勉強パターンがこの春期講習にあったような気がします。 親からすれば塾で何時間も、何時間も、缶詰状態で勉強していることで、こどもの勉強があたかも効率よく行われているような安心感を覚えるのでしょうが、実際の人間の脳のメカニズムを考えたら、プラスとはいいがたいのではないでしょうか。 子供にとって通いなれた塾、大好きな先生と別れて、塾をやめることは、こども本人曰く、「12年間生きてきた中で、最大の決断だよ。」と私に言いましたが、本人もこのままではとちょっとと、感じてきていたようです。
とりあえず、今は、土曜日に週1回だけ塾に通っていますが、平日は、ビッグボウに来て、自分で勉強をしています。 さすがに、中学受験の問題、とくに算数なんかは、なかなか解き方もわからなく私も説明できないのが現状ですが、たとえば理科なんかは元素記号をPCからプリントアウトして化学反応は、元素記号を使った方がわかりやすいなどと、小学生に説明して脱線もしていますが、興味を持ったときにその知識をすぐに与えてあげることは重要だと思っています。とにかく、時間効率よく、楽しく勉強を毎日3時間させてやれば、たいていの中学には高確率で受かると思っていますので、息子には自分の弱点の分析とタイムマネージメントをするようにだけアドバイスしています。
親としての反省、もう少し早く気がついてあげていればよかったと思っています。 小学生が毎日12時前後に就寝している日課を、他のみんながそうしているからと疑問を抱きながらも、そのままにしていたことは、いったい誰のためだったのだろうと、、、。
2010年5月19日
梅雨になる前に初夏を楽しもうと、先週の土曜日に名古屋港の反対側にある、ブルーボネットに行ってきました。 天気は最高、イングリッシュガーデンの花も色とりどりで本当に野原にいるような、モネの絵画のような、そして飛躍して考えると、ちょっとだけカナダのヴィクトリアにあるブッチャートガーデンにいる気分になれるガーデンです。 ちょうど当日、ブルーボネットについてのアンケートをやっていたので、答えている時に、「レストランは利用しますか」の質問に対して、確かに、花は素晴らしいのだけれど、メニューがちょっと、だから利用する機会がないなと思い、「利用したことありません。」 とお答えしていると、レスリーが横で日本語で、アンケートをしている人に「イングリッシュガーデンなら、もう少し、紅茶の種類を増やすとか、スコーンを出すとかであれば、レストランを利用することを考えますけど、」と確かにイギリス生まれのアメリカ人には魅力が感じられないレストランであることは間違いないようでした。私も内心、もう少しレストランメニューのテーマをしっかりさせれば面白いのになぁ、でも、大衆受けするメニューと土日しか人が来ないとなると現実、なかなか難しいのだろうと経営側の気持になってしまいました。 でも入館料300円で入れるのは、たいへんお手ごろです。 普段、毎日仕事でパソコンのモニターばかりを見ているので、こうした風景は私にとって目を癒してくれる目薬ですね。
2010年5月7日
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ゴールデンウィークも終わり、本日よりレッスンが始まります。 今年のGWはどこに行こうかと迷っていると、食いしん坊家族の隊長の息子が横浜の赤レンガにあるパンケーキ屋さんへ行きたいとリクエスト。 それなら中華街もあるし、横浜に行こうと決まりました。 せっかくだから、江ノ電に乗って江ノ島にも行こうなどと計画を立て、29日、GWの初日朝5時30分に出発、10時には到着するだろうと思っていたのだが、甘かった。横浜に着いたのはちょうどお昼時、とりあえず、赤レンガに向かい、車を止めていざパンケーキ屋さんへ、店にたどり着くと、なんとなくいやな雰囲気、とりあえず列の最後尾に並んでいると店員さんが来て、「あの〜どのくらいの待ち時間でしょうか。」と尋ねると、店員さんが「そうですね。2時間ぐらいですね。」 「ジョナ、ごめん。 パパは2時間もパンケーキに待てないから、別のところで食べよう。」と計画を変更、すると赤レンガの敷地内では、カレーフェアと称し、日本各地のカレーが食べられるイベントをやっていたので、こんどはカレーの列に並び、カレーを2個購入するとご飯が付いてない。「え、ごはんは、別売で別のところで買うの。」 もう、並ぶのが限界だったので、座ってスプーンで息子と二人「海軍カレーのごはんなし」を食べるはめに、すると妻が別の列に並んでインドカレーを買ってきた、こちらはナンも付いている。3人で分けて一つのナンをシェアして食べる。 おいしかったのだが、もう少し、お腹いっぱい食べたかった。
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ジョナの顔と同じ大きさの「豚の耳」中華街で買ってホテルで食べたのだが、フォークもナイフも部屋にはないので野蛮人のようにかぶりつき。 おいしいのだけれど、どうも原型のままだから、想像しちゃって家族は「もう、いらない」仕方なくひとりで残りを全部食べました。 でも、「まるた小屋」の豚耳は味が良くしみておいしかったです。 | |
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「bills」の前には、長い行列。 パンケーキに2時間はちょっとね。 | |
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おもちゃコレクターの北原氏のミュージアム。なつかしいブリキのおもちゃがいっぱいで、子供にとっては新鮮なかんじがして、楽しかったようです。 私が美術商を銀座でしていた頃、同じビルの同じフロアーで北原氏や、歌手のアルフィーの坂崎氏も出店していました。 この日は北原氏にお会いできなかったのですが、北原氏のコレクションを見ていると、当時の頃の思い出がよみがえってきました。 | |
2010年3月3日
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大河ドラマ「龍馬伝」を見始めてから、親子で幕末の歴史に夢中。 ということで、伊藤家のパターンとしては、動機があれば深く掘り下げてみると言うことで先週の週末、土、日を利用して高知に出かけました。 テレビの影響も有り、街中は龍馬一色といった感じで、高知の町も活気が有りました。高知では「であい博」と称し、高知や安芸など他、全4箇所で「龍馬伝」に関するイベントも行われており、坂本龍馬、岩崎弥太郎などをかなり知ることが出来ました。 安芸にある岩崎弥太郎生家を訪れたときは、地下浪人だった弥太郎の生家としては、ちょっと立派過ぎていたので、イメージと違っていました。安芸からは、室戸岬まで国道を走り、そこで桂浜の龍馬と向き合って立っていると言われる、中岡慎太郎の像を見ました。室戸岬の海岸線の遊歩道を楽しもうと歩いていると、遊歩道の入り口前で、「津波警報が出ていますので、立ち入り禁止です。」と言われ、そうだ昨日、チリで大地震があったことを思い出し、高台にある展望台から素晴らしい太平洋の眺めを見ていましたが、やはり、警報が出ていることもあり、午後3時を過ぎていたので、名古屋に向かうことにしました。 今回の走行距離1,000キロで、1泊2日のスケジュールではちょっときつかったかなと思いました。
高知のお薦め料理は、やはり「カツオのたたき」でしょうね。わらを豪快に燃やして表面を香ばしく焼いた、たたきを塩で食す。 本当に最高でした。 もう、名古屋では「カツオのたたき」を食べる気がしないと「ぐるめチビ」の息子が言っていました。
高知の「ひろめ市場」で四万十えびのから揚げを食べています。
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2010年2月25日
寒い、寒いと思っていたら、最近は春が来たのかと思わせるぽかぽか陽気です。 やっぱり、春はいいですね。
今日テレビで、豊田社長がアメリカで公聴会で質問攻めにあっていました。 アメリカの議員の多くは、弁護士資格を持っている法律家畑なので、質問がかなり厳しく、それらの質問をある程度真正面から受け止めて、答えを出していかないとトヨタの今後の問題にも大きく響いてくるので、非常に慎重に対応していかなければならないから、今回はまさに社運をかけての公聴会になると思います。 なんとかこの状況から脱し、全て良い方向に向かっていって欲しいと思っています。 私がF1レースの時にお目にかかったときは、ちょうどトヨタのマシンが2位になってパドックでドライバーと肩を抱き合って喜んでいた豊田社長、あの時の表情が早く戻ってこられることを期待しています。
2010年1月13日
明けましておめでとうございます。 3年ぶりのフロリダから土曜日に帰って来ました。 フロリダに行くのに、暖かさを期待して半そで、半ズボンをスーツケースに詰め込んで出発。 ところが、期待を裏切ってくれました。 最初の1週間ぐらいは暖かくはないけれど、ウインドブレーカーを上に一枚着ていれば大丈夫だったのですが、元旦ぐらいから0度近くになり、オーランドでは記録的な寒さとかで、マフラーを買い、ヴェストも買い、寒さ対策。 夜にディズニーの街を歩いていても寒さから、早めに切り上げてホテルに戻ることに、、、。 フロリダの冬、時には30度近くになることもあるのに、異常気象も極端な気象現象で参りました。
アメリカに来ると、毎日見ている景色と違い何かにつけて新鮮さを感じさせてくれます。 今回気になったのは、ハイウェイを走っているとやたら大きなビルボードで「Injured?」 とか「Have
you ever argued with a
woman?」とかの見出しのものが目に付いた。ぱっと見るとinjuredは、場所がハイウェイでもあるので、救急医療の宣伝かと思いきや、実は弁護士の宣伝。 高速道路で怪我をしたら、良い弁護士を雇い、訴訟を起こしましょうという感じの意味なのでしょう。 また、Have
you ever argued with a woman?
これは、女性弁護士の宣伝。 つまり、今までに女性と言い争いをしている人ならわかるでしょうが、女性と言い争ったら、勝ち目はないですよ。とメッセージを発信し、女性弁護士の特徴をアピールしたものでした。趣向を凝らしているのであろうが、あまりにもダイレクトな見出し文句のビルボードを見ているとアメリカの今の訴訟社会が垣間見えた気がしました。
アメリカに行くとイタリアンで評判なレストランと言われるところで、期待を大にして行ってみても、日本のイタリアンの方がほとんどの場合おいしいと感じますので、最近はあえてイタリアンやフレンチは行くことはしないのですが、ステーキはおいしい。 とくにエイジングがきちんとされた牛肉でカットはポーターハウスと言うものを必ず旅行中に一度は食べに行くようにしているのだが、今回はオーランドにあるヴィト チョップ ハウスというレストランで食べた。3年ぶりのアメリカンステーキ、32オンスを食べ満足。 でも、この調子で毎回、こうして食べていると絶対に肥満になるだろうと思い、自分の中では久しぶりだからと言い聞かせ。 今、日本に戻ってからは大根の煮物やひじきなど、野菜中心のカロリー控えめの食生活に戻しています。
ある朝,ちかくのピア(桟橋)にあるレストランで朝食しました。、一人前でこのボリュームです。
ここも別の桟橋で、カジュアルなアメリカンレストランがあるのだが、場違いな黒スーツの紳士。
たぶん、リムジンの運転手なのでしょう。 中で食事をしている人を待ったいるのでしょうか。
2009年12月21日
今年最後の書き込みになります。 先日ビッグボウのクリスマスパーティーが終わりました。 なるべくアメリカのホームパーティーのような体験を生徒さんやその家族の方みなさんにしてもらいたいとの思いで始めたパーティーです。 ひとつには今の生徒さんが将来海外に行き、そこでこうしたパーティーをきっと体験するだろうということを想定し、重要なソシアルスキルの部分も教えなければと思っていたので、そこから企画し始めたものです。 私も含めてですが日本人はパーティーが苦手で、いろいろな人と話、コミュニケーションをとることがなかなかうまくいかないようです。、またパーティーも乾杯の音頭をとったり、座る位置が決まっていたり、何時に来て、何時におわるといった感じの日本式忘年会とは異なり、まったく自由なポットラックパーティーで、お互いに作った料理を持ち寄り、レシピーを交換したり、コメントしたりするなど、ご両親の方々も和気藹々と楽しんでおられたようです。
また、この時期は生徒さん全員にクリスマスカードを出しますが、これも住所は印刷ではなく手書きにすることで、アメリカ人の書く英語とか数字は結構、クセがあることを感じて欲しいという理由からです。特にヨーロッパの人の書く、数字はなれないとかなり読みづらいものがあります。
また、どんな手紙でも必ず最後に自分のサインをすること。 これって結構忘れてカードを出す人がいるみたいで、重要なことなんですけど、慣れていないと、つい忘れてしまうのでしょう。
2009年今年のイベント全て終了したところです。 次回は来年の1月、フロリダから帰ってきた頃に写真とともに、このページにお土産話でもアップします。
2009年10月28日
10月も終わりに近づくと、本当に秋らしく感じられます。 つい2週間ほど前に、家族で安土城跡へ行ってきました。行かれた方なら分かると思いますが、結構上りの階段がきつくたいへんでした。 あの階段を上りながら頭の中ではいろいろな織田信長 への思いを感じながら天主跡に到着。今では干拓されてすっかり陸地となってしまっているこの山のふもとを見ていたら時の流れの中で景色こそは変わってしまったが、この地に城を 築くことを決めた信長の国統一への達成感を感じ取ることが出来ました。 城跡として何もないがゆえに、いろいろ歴史背景を想像させてもらえる場所であったような気がしました。
先日、テレビを見ていたら中村公園の美術館で織田信長の時代の地球儀、世界地図などが展示してあるらしく、地元でもあるので、是非行こうと思っています。 息子がちょうど今、日本の歴史を勉強しているので、私も自分の歴史の復習と思いながらいっしょにETCの恩恵を受け 機会があれば、史跡を訪ね歩いている今日この頃です。 こどものテキストを見ながら、「これだけの説明で歴史を理解するは無理だぞ」と子供に言うと、「しょうがないよ。日本の歴史をこの一冊の本にまとめているのだから。」と言われました。 でも、いろいろ史跡をめぐっている間に歴史上の人物がつながってくるようで息子も最近は裏歴史というか、教科書にない部分の歴史にも興味を持ち始めたようです。
2009年6月10日
先週の土曜日に常滑にある焼き物散歩道へ遊びに行ってきました。 坂の多い小道をぶらぶらと汗をかきながら歩き、陶器を売っている店に入って、いろいろ鑑賞もでき、メタボ気味の私にとっては、いい運動でした。 なんといっても昭和の雰囲気を色濃く残している町並みが懐かしくて、とても好きです。 数ある陶器屋さんの内の一軒で今回初めて入った店で、気になる陶器を1点見つけました。 薪を使った窯で焼いているので、その灰が解けて陶器の釉となり、興味のある景色を出している皿でした。 非常にシンプルで、まさにミニマリズムの象徴であるかのような長方形の皿。 作家は若手の陶芸家、大原光一氏の作品でした。 この間、イサム ノグチ美術館を訪れてから、シンプルそしてミニマリズムに惹かれています。 余分な装飾を施さない美しさに魅力を感じ、自分自身のライフスタイルも質を求めて、多くを求めない生活を基本に少しづつ改善中といったところです。 「この皿にさて何を盛り付けてやろう」と帰りの車の中でこんどはその器にあった料理を考えていると楽しくなってきました。 息子が小学5年生ともなると、こどもの塾のスケジュールで毎日が振り回されて、なかなか時間の余裕がなくなってしまいそうな時だからこそ、あえて自分が楽しめる趣味の時間、ゆとりの時間を持つべきと考えています。 今回の器をはじめ、ここ最近で私に感動とゆとりを与えたくれたものたちです。 勝沼で作られている赤ワイン「甲斐ノワール」、小豆島の醤油「鶴醤」、フジコ ヘミングのCD、「ラ カンパネラ」のライブ録音が収録されたCDです。
2009年4月7日
春休みを利用して、四国(香川県を中心)を旅行してきました。 まだ一度も行ったことがなかったのと、昨年、息子が親戚に連れて行ってもらってから、小豆島、寒霞渓、栗林公園などの話を聞き、親としてこどもが感動した気持を共有したいと思い、またETCの恩恵もあることから、3泊4日で出かけました。
期待通り、ガイドブックに紹介されているような場所や観光バスが行くようなところは、とても美しい景色でした。 特に小豆島から見る夕日はきれいだった。 でも、この旅行で自分なりにハイライトと呼べるのは、やはり、以前から行きたかったイサム・ノグチ庭園美術館でした。 彼のアトリエを見学でき、未完成の作品まで目の前で見ることにより、芸術家イサム・ノグチの感性を感じることが出来、と同時に彼のジャパニーズアメリカンとしてのアイデンティティーの迷い、探求も、彼の晩年過ごした家を見ることで、イサム・ノグチという偉大な芸術家をもっと知ることが出来たような気がしました。 その後、訪れた栗林公園ではなんとラッキーなことに、常設展示会場の中にひっそりとジョージ・ナカシマのテーブルや椅子が展示されていて、感激でした。
旅行に行っても、あまりお土産とかを買う方ではないけれど、醤油は面白い。 たとえば、おいしい干物を旅館で食べて、同じものをお土産として買って持ち帰り、家で食べる。 確かにおいしいのだけれど、 なにかちょっと違う。 たぶん地のものをその場で見て、口の中に入れて味わうまでの短い時間ではあるが、その短い間の期待感とそこで味わっていると思う満足感が味覚以上に脳を刺激して、一層おいしく感じさせてくれる部分があると思うのだが、醤油は違う 。 その土地で作りかた、しこみ方にそれぞれ特徴のあるものが多い。 試飲してどれにするのかを決めるのだが、その時点で醤油の完成度に納得すると同時に、この醤油 であれば家で何の料理に使うのかを想定してみる。 この醤油には冷奴がいい。 とか、この醤油にはたまごがけごはんだとか、この楽しみがバリエーションを変えることで結構楽しめる。 今回の香川県小豆島で作られた醤油は楽しめそうだ。
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| ジョージナカシマの家具が展示してあった、高松の栗林公園。 | 小豆島の醤油ファクトリー。 食べているのは、醤油ソフトクリーム | ホテルから見える瀬戸内海の夕日。 |
2009年2月26日
先日、幼稚園から中村ラボで十年以上英語を習っている生徒から質問を受けました。今年、大学入試なので、過去問をたくさんこなしていて、その文章問題の中で関係副詞の"where''の先行詞に場所がこない場合はなぜなのかと質問でした。 ネイティブであれば慣用的にその答えは分かるのですが、これと同じようなケースを探すとなると、なかなか手持ちの英文解釈や文法の本にはその説明がなかったので、インターネットでしらべていて、結構理解しやすい説明が書いてあったので、それを引用し説明をしました。 あとは日本語に訳すときにひとつ一つの単語の意味にこだわりすぎて文章全体の持つ意味を壊してしまう場合が多いので、とにかく分かりやすい日本語に自分のことばで直していかなければ、相手にもその意味は伝わらないことをアドバイスしました。 幼稚園からずっと習っている子供が大学入試の時期に来ると、この子達はいつも英語が本当に好きなんだと思うことや、中学時代には学校で先生にあてられるとわざとカタカナ発音で本を読んでいたりしたけれど、今では学校の英語とコミュニケーションが出来る英語を共存させ、うまく使いこなしているようだ。 将来は英語を生かした職業に就いていって欲しいと願っています。
2009年1月23日
アメリカでは、オバマ大統領の就任式があり、盛り上がっているのは、アメリカだけでなく、全世界がアメリカの経済立て直し、景気回復に新大統領に期待を寄せていることと思う。 今回の大統領選は私も家族もかなり前から興味があり、気にしていたのだが、本当にアメリカの大統領として黒人のオバマ氏が選ばれた事で、多民族多国籍国家のアメリカが抱えてきた人種的偏見問題が良い方向に変わろうとしていると思う。
私がアメリカを初めて訪れたのは1970年代後半、当時アメリカで成功するには、スポーツ、音楽以外では、アングロサクソン系の男子ではないと困難だ言われていました。当時でも日本車のカローラなどがアメリカで多く走っていたものの、売れる理由は安いからだと言われていたトヨタやホンダの車。 ところが今では自慢げにトヨタのプリウスを運転している。 時代は本当に変化してきている。 その中で一番感じたことは、やはりアメリカ人は自分自身に対する物事の価値観を非常に合理的考えることのできる国民であり、現在こうした経済不況の中、国民が一丸となってオバマ氏とともに歩もうとしている姿勢は、アメリカ人魂の象徴でもあるように思える。 特にそんなアメリカ人のリーダーシップとそのリーダーを信じて一丸となって行動する精神。 パニックにならず、あの危機を脱出したハドソン川に着水した飛行機事故に見たような気がした。
日本の政治界にも、日本国民が期待できるリーダーが現れて欲しいものです。
2008年11月7日
先週の連休を利用して、息子と二人で鳥取、島根まで旅行に行きました。 相変わらず高速道路を使わずの車旅行で寝るところも道の駅を利用した車中泊、11月なのでこんな旅をするには季節的にもちょうど良かったと思います。
今回は息子が出雲大社と鳥取砂丘、そして日本三景の一つ天橋立を見てみたいと言い出した。聞けば、鳥取県はラッキョウ、日本なしの生産が日本一であるとか、島根の宍道湖はシジミが有名であるとか、大山は、伯耆富士とも呼ばれているとか、なにやら社会科の勉強で習っているらしく、本物の砂丘などを見てみたいと言っていたので、それならと、ノートを一冊買い、そこに白地図をコピーして貼り、名古屋からの道のりや、県境を記したり、また、旅日記として各地についての私とこどもも、それぞれが感じたこと、気がついたことをお互いに書き記すことで、普通の旅行がとても内容の濃い充実した旅行をすることが出来たような気がしました。 今だから出来る、親から子への生きた教育はとても大事なことだと思うし、こどもにミッションを与えることで子供のメンタル的成長を促してやることも重要な部分だと感じた。
実はこの週末は、息子は全国統一模試があったのだが、「そんなの受けなくていいから」と私が言ったのだが、本人は受けたそうにしていましたが、旅行をしている間は、いろいろと新しい発見、湧き上がる質問や疑問で生き生きしている子供を見ていると、今回は連れてきて良かったと思いました。
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その他、因幡の白兎神話のある白兎海岸、島根半島の最西端にある日御碕、ゲゲゲの鬼太郎の記念館がある境港なども訪れ、全走行距離は1005キロでした。
2008年10月15日
先日、息子と二人でマキノ高原にキャンプに行きました。10月の初旬と言うのに、夜は結構寒くてびっくりしました。
息子がこうやって私の遊びに付き合ってくれるのも、あとどのくらいなのかなと思いながら、男二人でキャンプを楽しんできました。 つい最近、野草、雑草の本を買い、秋に咲く花を観察しているのですが、これが結構楽しくて、気にしてみてみると雑草もその奥は深く、名前を知らない雑草や道端に咲いている秋の花を見ると息子と二人で「これは○○だ〜。」とか「いや、これは、図鑑に載っているのとは、ちょっと色が違っているから別の種類だ。」とかいいながら、ススキや花が黄色く咲いているセイタカアワダチソウをみながら楽しい1泊二日の旅は終わりました。 私は、急いでいないときはなるべく高速を使わずにキャンプ地まで行きます。高速では身近な植物が目に入らないし、歴史のある建物とか場所とかにもすぐに寄ったりすることが出来ないので、のんびり一般道路を走りながらドライブするのが、好きです。次は何処へ行ってキャンプをと思うのですが、寒さのことを考えると11月の初め頃が今年最後のキャンプになりそうです。
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2008年5月31日
この間、ミュージカル、マンマミーアを観に行ってきました。 このところ、妻は、執筆の仕事で、いつも"Dead
Line''
「締め切り日」に追われ、それに加え地方講演や東京でのミーティングで一週間の内、3日も出張する忙しい毎日の中、ぽっかり空いた土曜日に夫婦で初めてのミュージカル鑑賞でした。
私自身はミュージカルを観るタイプではないので、行く前は、「2時間もあるのか」と思い、足を運びましたが、そんな気持もどこへやら、楽しかった。ミュージカルってこんなに楽しいものなのかと、思わず、また行きたくなる気持でいっぱいでした。また、使われていた曲がアバの曲で、当時よくラジオから聞いていたのを思い出し、懐かしく感じていました。 このミュージカルは、時間が有れば、是非、観に行ってみてください。 間違いなく、ハッピーな気持にさせてくれるエンターテイメントであると思います。
その後は、余韻を楽しもうと思い、それならニューヨークの雰囲気のあるオープンカフェがベストマッチと思い、 観光ホテルの北にあるタイガーカフェに行き、ワインを飲み、エスカルゴやサンドイッチを食べながら、今回のキャスティングがよかったとか、最後の観客のノリが面白かったとか、話はつきませんでした。 これが都会に住んでいればこそ、できる大人の時間の楽しみ方なのでしょう。
2008年3月5日
先日、本屋さんで雑誌を見ていたら、「車中で泊まり、日本中をドライブする」といった本があり、見ていたら、これが結構楽しそうで、「よし、やってみよう。」と思い立ち、妻を説得。 とにかく、ホテルや旅館に泊まらずに4泊で山陰地方に出かけることを決定。まず、ある程度の計画を練り始め、利用できるキャンプ場を探しているのだけれど、キャンプ場の利用が4月からのところが多い中、利用できるキャンプ場を見つからない。たぶん道の駅の駐車場泊も視野に入れて予定を組むことになるでしょう。
1978年にアメリカを車で横断することを試みました。出発地点がケンタッキーでゴールをLAと言うことで何とか一週間ほどかけて運転をしたときのことが、今でもこの経験が自分の思い出に強く残っているのだろうと思います。 30歳になったらLAからNYまで完走しようと思っていたのですが、男の30歳とても忙しい時期、なかなか時間が作れなくて断念。 アメリカでは、「ミッドライフクライシス」と呼ばれるようですが、中年になると若い頃できなかったことへの思いから、突拍子もないことをする中年族が多いようです。 3年ほど前にフロリダのキーウエストに行ったときに出会ったハーレーに乗って、ぼろぼろのジーンズにTシャツを着たおじさん集団、ちょっと怖い人たちと思いきや、実は彼らはロイヤー(弁護士)とドクター(医師)の仲間同士でオフを利用してツーリングをエンジョイしているのですが、彼らもミッドライフクライシスなのか、自分の意義を発見する旅をしているのか、とにかく楽しそうでした。たしかに、人生折り返し地点に来ると、自分の本当にやりたいこととか、やってなかったこととか、人生の意味とか考える時間って必要なのかなと思ったりしています。
2008年2月28日
「地球温暖化」が進んでいるのことが、現実としてメディアを通して毎日伝わってきます。 家族でエコ生活を心がけるように気をつけ始めてからは、とにかく車を使わずによく歩くようになって、自分たちの健康にとって良い副産物なのかもしれないと思っています。 壁面緑化を試みはじめたのが10年前ぐらいから、今では家の壁が蔦で覆われていて、実際のところどれだけの熱を下げる効果が出ているのか微妙だが、緑の少ない名古屋の中村区では気分的に気持の良いのは確かです。 しかし春から夏にかけて、ちょっとでも手入れを油断していると、窓やドアまで蔦で覆われてしまい、大変なことになってしまいます。 手入れは、はしごを使い、伸びた蔦をハサミで切っていかないと、すぐに伸びてきて家がお化け屋敷のようになってしまうので、やっぱり結構大変かな。 先日、こどもといっしょに「オールウェイズ 三丁目」だったと思うが、見ていたら、私自身の子供の頃の風景で懐かしく思い、当時の生活が、いかにエコロジーであったのかをこどもに説明をしてあげたら、興味深く聞いてくれていました。ちょうど小学3年生で昔の生活道具を社会科で勉強していたので昭和の買い物は、買い物籠をもって市場に行ったり、市電に乗ったりと決してスピーディーな生活ではなかったけど地球にはやさしい生活であったことを親子で話し合うことが出来、昭和30年代の日本を共有できたのかなといった感じでした。
2008年1月21日
昨年の春、レスリーがトヨタ関連の学校で依頼されて英語をおしえていたこともあり、年末にはお歳暮として素晴らしいしゃぶしゃぶ肉が校長先生から届きました。
自宅でこんなに素晴らしいお肉でしゃぶしゃぶを食べるのは初めて。家族一人ひとり1枚づつゆっくりしゃぶしゃぶと食いしん坊家族は至福のときを過ごしました。
おいしい肉を食べながら、脳裏には最近では、ナレーションでもトヨタ関連の仕事がよくあるし、次の車はやっぱりトヨタに買い替えたほうが良いかも。と、、ふと思ったりしていました。 でも最近、日本の車ってヨーロッパでも評価が良くなってきましたね。 先日も翻訳の仕事でヨーロッパの車雑誌でレクサスの評価が書いてある記事の翻訳をしましたが、レクサスも 近い将来、高級欧州車と肩を並べるようになるのかなと感じました。 ヨーロッパでは日本の高級車として今回のレクサスLSは結構良い評価でしたが、 私には高価すぎて購入できる車ではないので、選択の対象外なんですが。
数年前からアメリカでレクサスは既に好評だったのですが、でも当時、私の友人の美術商で車好きのアメリカ人曰く、「あれは、プアー マンズ メルセデスだよ」と聞かされました。
この言い回し方、面白いですね。 「プアーマンズ なんとか」英語で結構使われますよね。 一昨年、アメリカのフロリダのレストランで本日のスペシャルに「プアーマンズ ロブスター」と書いてあったので、さっそく注文して、 バターでソテーしてあるこの白身魚の切り身を食べたら、まさにロブスターの食感で、「そのとおり」と感激しました。この魚は、何だと思います???日本でもよく食べられる魚ですよ。
2007年11月8日
最近、集中力の持続が低下しているこどもが多くなってきているような気がする。オーバープログラムされた勉強を常にさせていることだけが原因ではないと思うのだが、自分の分からないことを分からないと即答してしまう前に自分で時間をかけて考えて答えを出そうとすることを億劫がる子供が増えてきているのは確かだ。昔と比べると今の時代は、手を伸ばせばすべて、答えがすぐそこにある。だから、本を読む子供も減ってきているし、ないものからなにかを作り出すこともない。人間の脳はいろいろな思考をするところから、脳細胞を刺激して脳を活性化させ、頭が良くなっていくのだが、、、。そして、何もない空想の時間を過ごすことで当然、脳をリラックスさせ、睡眠が良く取れる。 自分の脳にオンとオフのめりはりをつけてやることは、大人でも子供でも必要だと思う。たとえば、夜中高速道路を走って家路を急ぐ、夜中近くに家に着き、床に入るがなかなか眠れないといった経験はだれでもあると思う。脳がオフモードに入っていないからである。子供にとってもオフモードに入って、夜の睡眠を十分にとらせてやることが重要で、こうした脳のオンとオフの使い分けが出来るように、家庭でも習慣付けるのがよい子供の育て方だと思うし、将来にとっても重要なことだと思う。
アメリカでは、いろいろなメンタルトレーニングとかサポートとかをするスペシャリストが多いが、日本ではなかなかこうしたアドバイスを受ける体制が整っていないのが現状のようです。私の家では、もう使い始めて半年ぐらいになりますが、小学3年の息子の就寝時には、リラクゼーションミュージックを部屋を暗くして聞かせていますが、本人もリラックスして寝ることが出来ているようです。また、最近、脳を活性化させるのにインド式計算法をいっしょにやっています。
数学なんかは、そうですが、日本と欧米の計算の仕方に違いが有るように、答えにたどり着くには、有効な方法がたくさんあることをまず理解してくれればと思っています。
2007年10月16日
毎年、この頃になるとF1レースの通訳で1週間スズカサーキットに行きっ放し状態だったので、今年はF1が富士になり、なんとなく、ほっとした気分で秋の休暇を軽井沢で過ごしてきました。シーズンオフの軽井沢は昔から好きで結構のんびり出来る場所のひとつでもあるのですが、この時期、軽井沢に行くと必ず佐久にある荒船山が見える内山牧場というキャンプ場がありまして、ここまでコスモスを見に行きます。ここをはじめて訪れた12年前、その山の一面に見事に咲いているコスモスに感動し、今回で4回目になるのですが、軽井沢を訪れるたびに、毎回見に来ています。でも、今日は雨でよく見れなかった、今日は霧でよく見えなかったとかでなかなか初めて見た時の感動した空は青空で一面満開といった条件では、見れていなかったんです。 今回も軽井沢から来る途中の道が通行止めとかで、現地に到着したのは日没の30分ほど前でした。着いた瞬間、早速、コスモス園を見に行きました。残念なことに今年はもう満開が過ぎてしまったか、という感じでコスモスを眺めていたら、日が落ちるごとに変わる目の前の壮大なコスモスを見て、思わずどうして
今まで満開のコスモスだけを目的にここに来ていたのだろうと、ふと思いました。自然の中で一秒ごとに変化する瞬間がこんなにも素晴らしく、感動的なのかと、この場所を
初めて訪れてから12年目にしてやっと気づかされた気持でした。霧の中のコスモスも、雨の中のコスモスも、秋をぎりぎりまでがんばっているコスモスも、みんなどれもそれなりに美しいものだと。
それと今回、まだ行った事のなかった軽井沢のセゾン現代美術館にも行き、現代芸術に触れ、自分なりに家族といっしょに秋をエンジョイしてきました。でも、内山牧場ではキャンプだったので、10月6日なのに夜には吐く息も白く、さすがに寒かったでした。
2007年8月30日
ついに8月も終わり、暑さも一時期の頃と比べると少し和らいだようにも感じます。毎年、夏は食欲がなくなりがちですが、栄養の偏らないように食事を作るように野菜を多く食べようと心がけているのですが、さすがに煮物は作りたくない暑さ。ちょうどお盆のころ夜遅くフーディーズTVを見ていたら、サラダスピナー(サラダの水切り器)のことをやっていて、これを使って野菜の水を切るとサラダが変わると言っていたので、早速、無印にてこの水きり器を買い、試したところ今まで手で振って水気を切ってつくっていたサラダとはかなり違った出来になり驚きでした。特にドレッシングと混ぜる某焼肉屋さんが出しているドレッシングを使いボウルで混ぜて作ったときは、お店で食べるのと同じ味でした。東京で仕事のときは白金台のホテルに泊まることが多く、必ずといっていいほど仕事が終わると目黒駅の近くにある、この焼肉屋へ行って、まず食べるのがこのサラダです。それが、家でも同じような味で食べれるなんて、小さな幸せを感じました。ことしの夏はこのサラダスピナーのおかげで結構サラダを食べた夏でした。
2007年5月26日
先日、東京で通訳の仕事に出かけました。今回は、水陸両用の車など、ユニークなコンセプトカーを作り出すスイスの車会社の社長の通訳であったので、事前にHPを確認し、その会社のことを事前に把握して通訳に行きました。私と年齢もそれほど変わらない社長であったので、お互いの人生論、子育て論などいろいろ語り合うことが出来、意思の疎通も図れ、われながら仕事での通訳もスムーズに行き、Job Satisfactionを感じた二日間でした。最近、通訳をしていて思うことなのですが、若い世代の通訳の方もかなり増えているのは事実で、特に東京など通訳さんの調達などは、私に掛かる、新幹線代、ホテル代などと諸経費を含めると問題にならないほど、経費削減が出来るのに、この年になっても依頼は来る。確かに今、自分の興味というか、面白みを感じる通訳しか受けていないのだが、やはり、商談通訳は面白い。特に、通訳している時間以外に得る雑談の時間がこうした仕事にとってとても重要 な鍵だと思う。常に心がけているところだが、ただ通訳することより、いかに相手に自分を信頼してもらいオープンになって事をスムーズに進める状態に持っていくこと ができるかということだ。通訳として言葉の変換をするだけでなく、相手の表情、思惑、感情を感じ取りながら、そのタイミング、言葉を選択し、訳す技術が必要だ。今までIQだけが人間の賢さを図るものだと思ってきたが、やはり、いくらIQがあっても人間同士がコミュニケートするうえでIQ以上にSQ(社会的知性)がどんな仕事においても不可欠なものであることが、分かってきた。人間の基本である感情の連鎖などSQの必要性、重要性を深く感じるこのごろです。
EQ理論の提唱者、ゴールマン博士のSocial Intelligenceを最近読み始め、まだ、読み終わっていないけれど、非常に納得のいく部分が多く、とてもお勧めできる本だとおもいますので、興味のある方は、是非一度読んでみてください。
2007年5月8日
ゴールデンウィークが終わり、急に夏が来たようで体がこの温度の変化についていけていない今日この頃です。休みには、金沢で英会話教室を経営されていて、英語のテキストで、ロングマン社の『イングリッシュランド」の著者でもある中村先生のところでレスリー先生の『英語で実験」のレッスンを行うため、お伺いしました。生徒たちも興味津々で、子どもたちの顔がだんだん近づいてきて、とても不思議そうにクロスカリキュラーレッスンを楽しんでくれました。
でも、せっかく金沢に来たのならと思い、近江町で海鮮丼を食べることも私にとっては、もうひとつの楽しみ。迷路のような近江町の数件ある海鮮丼屋さんは、昼の2時を過ぎているにもかかわらず、どこも並んで待っている。待つこと40分、やっと店に入り、座ったが回りは、ガイドブックを持った観光客でいっぱい。でも、皆さんかなり早く起きて金沢に着たのか、かなりお疲れのようで口数は少ない人ばかりだった。しばらくして出てきた丼を見て、非現実的な丼に思わずびっくり、これは写真を撮らなければと思い、写真を撮り、それから箸を動かすが、なかなか寿司飯が見えてこない。ネタの味もさすが北陸、最高でした。で、地元の人に聞いたら、『食べたことない。」とやはり、観光客だから、この非現実的な海鮮丼を食べるのだろうと、思い、すっかり観光客を満喫してきた一日でした。この日は、4時半に起きて名古屋を出発したこともあり、頭もお腹も、時差ボケのような感じでした。
2007年2月8日
前回、S氏のことについて書きましたが、つい最近、アメリカのニュースを見ていたらS氏がなくなられたと訃報を耳にし、たいへん驚きました。確かにS氏の奥様からは、年末にかけて連絡が取れていなかったので、心配はしていましたが、本当に残念です。S氏の奥様から最後にメールで頂いた写真には、痩せてしまっているがにこやかに笑みを浮かべ奥様のコレクションの人形といっしょに写っている写真がとても印象的でした。
2007年1月27日
十数年前から、趣味が高じてアンティークを集め始め、それがきわまり美術商もやっておりますが、昨年末、アメリカの有名ハリウッド脚本家でもあり、ベストセラーミステリー作家でもあるS氏の奥様に、私の個人的なコレクションを1点お譲りしてから、メールなどでいろいろお話をさせていただいたのですが、まだ、S氏の本を読んだことがなくて、昨年末フロリダまでの長旅を利用して読むのに、どの本がお薦めなのかをS氏の奥様に尋ねたところ、いろいろ薦めてもらいましたが、とにかくS氏自叙伝を読むことにしました。その本の中でS氏の父親がS氏に言った言葉で、「人生と言うのは、本と同じだ。次のページを読むのは、次に何が起こるかわからないから。つまり、途中でその本を読むことをやめてしまったら、次に何が起こっていたのかわからないまま一生後悔する。」絶望的な1930年代のアメリカを生きる若者に対して言った父親の思いやりのある、なんて素晴らしい言葉なんだろうと非常に感銘を受けました。なぜか、バタバタした忙しい毎日でゆっくり本を読むことが出来ないのが残念ですが、いくつになっても、本からは、こんな表現方法があるんだとか、いろいろ勉強させられます。S氏の奥様は、私設美術館を建ててコレクションをディスプレイするのが夢だと語ってくれました。
2006年11月28日
皆さんは、アメリカの行事でThanksgiving
「感謝祭」 を知っていますか。実は、クリスマスと並び、アメリカでは家族がそろって祝う行事の一つなんです。開拓者が最初の収穫に感謝して、ご馳走を作って食べたのが始まりのようですが、このご馳走は、まず、詰め物をした七面鳥がメインとなり、マッシュポテトや、温野菜、クランベリーソース、デザートにパンプキンパイといったものが、定番のようです。毎年この頃になるとアメリカのスーパーでは、小さいもので、4キロ、大きいものだと8キロぐ
らいはあるようなものまで店頭に並びます。普段あまり、時間をかけて料理をしないアメリカのお母さんたちも、この日ばかりは、朝からキッチンで腕を振るいます。でも、結構大きな七面鳥を料理するのは難しく、焦げてしまうのを心配して弱めの温度だとなかなか中心まで熱が届かず、生焼け状態。かといってしっかり焼きすぎるとこんどは、肉がパサパサ、これまた食べられたものではありません。うまく焼けて、その日のうちに食べつくすことができればいいのですが、通常、何処の家庭でもこうした七面鳥は、3分の一は残ってしまうようで、翌日からターキーサンドイッチ、ターキースープなど毎日残り物のターキーがしばらく続きます。たぶん日本のお正月のおせち料理がしばらく残ってしまっているのと同じような感覚でしょうか。私の家でも、毎年、感謝祭を祝います。今年の感謝祭の写真です。2〜3年ほど前から、残り物ターキーが、毎日、食卓に続くのがいやで、ターキーの代わりに2キロ程度のチキンを使っています。個人的には、冷凍で空輸されてくる七面鳥よりもチキンの方がジューシーでおいしいかも。
2006年10月16日
朝晩がかなり涼しくなり、食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋といった感じの毎日です。土曜日の夜、外食をしようかと思ったのだが、車を運転していたので、せっかくレストランに行ってもワインも飲めないから、スーパーへ行って、食材を買うことにしました。そこで骨付き三河地鶏を見つけ、「うまそうな色」をしていたので買うことにし、そしてワインも買おうと、しっかり悩んだ末、フランスのミネルヴァ地方のシャトーで作られた、ミディアムボディのワインに決め、家に戻り、早速ワインに合う食事の準備。おいしい食べ物とおいしいワインが私の至福のときかもしれません。ワインは、デカンターに移し、少し空気に触れさせてから。その間にチキンは、衣もつけず、そのままオイルでディープフライ、油を十分にきって塩とブラックペッパーとすりごまをかけただけのシンプルなもの、そしてパスタは、カルボナーラ。それからブルーチーズとクラコット。「やっぱりこの地鶏は、シンプルな料理に限る」などといいながら自分の料理に舌鼓を打ちながら秋の週末の夜を楽しんでいる今日この頃です。 やっぱりイタリアンが好きで、自分でも良く作りますが、以前名駅のグルメ館にあったロステンマというレストランによく行っていたのだが、なくなってしまったからなかなか自分の気に入ったレストランにめぐり合っていないので、自分で似たような味を追求しながらイタリア料理を作っています。でも、味の迷路に入ってしまうと、本職のイタリアレストランのオーナーにアドバイスをもらうのもしばしば。きっと何でも追求したくなる性格だからと妻もあきらめ顔。でも、結構わたしの料理を気に入って食べてくれます。皆さんも、秋の週末には、是非おいしい料理をつくって、ちょっとおしゃれに家族でエンジョイしてみてください。 いとうひろゆきのおすすめ秋の過ごし方でした。英語とまったく関係なくてゴメンナサイ。でも、実際、通訳の仕事をしていると結構、商談が終わって食事をするときなんか、こうしたワインや、料理の雑学も結構役に立っているんです。
2006年9月21日
レスリーが、イギリスの学会から帰り、迎えに行ったとき車の中で、「日本の英語教育は、遅れている」と聞かされました。いきなりのイギリス土産話にびっくり、その後、クロスカリキュラーを取り入れた、自分が今しなければならない英語教育をこどもたちに教えたいという情熱に感銘を受けました。私自身も小さな英会話スクールのオーナーとして、、私がいなくても、ネイティブの先生たち、オフィス業務を担当する日本人スタッフに支えられて、平穏に二十数年にも渡り英会話スクールをしてきましたが、今年3月にこうしたオーナー業に終止符を打ち、八事でレスリーの前面サポートをすることにしました。
それまでやっていた、美術商としての仕事、通訳の仕事も極力受けない状態で、もう半年。海外や、東京へは、最近ぜんぜん行かなくなってしまいましたが、ビッグボウで、毎日子どもたちと接し、レッスンを観察していると、これが、Job Satisfactionだと思えるようになってきました。「違う、本当に違っている」子どもたちの上達は、もちろん。自発的に英語で話そうとする姿勢。そして、科学、世界、エコロジー、歴史、に対する興味。こどもの潜在能力を伸ばすことの重要性を再認識させられる今日この頃です。
子供を持つ親の立場として、皆さんと同じように、正直、私も自分のこどもには、ある程度期待をしている。親として、子供が将来ある程度自分の選択肢が多く持てるように、子供の頃の習い事や、家庭教育などをしてやるべきだと思う。 人任せの積め込み教育よりも、親子でいっしょに取り組む家庭教育が、子供にとって如何に重要なのかを子育てをされている皆さんに少しでも認識を持ってもらいたいと思います。いつも、クラスプレゼンテーションでは、「エイゴ教室に通わせる、お客さんにならないで下さい。」と失礼なことを言っていますが、英語だからお任せします。じゃなくて、私たち、お子さん、家庭で英語の話題を共有して英語を楽しんでいただきたいものです。うちでは、科学に興味を持っている小学2年生の息子とよく話をしますが、将来の夢は、博士になることらしく、目指している大学は、マサチューセッツ工科大学だそうです。自分の子供も、ビッグボウの子どもたちもみんなも将来、いろいろな分野で活躍していく人に育って欲しいと願っています。
もうすぐ、F1がスズカサーキットで始まります。ことしがスズカサーキットで最後の開催ということで、非常に残念でなりません。FIAに官民で嘆願を続けてきたのに、、、、。とにかく、今年の鈴鹿サーキットでのF1の通訳、がんばって楽しんできたいと思っています。ビッグボウのみなさん、10月の第1週は、私は不在になってしまいますが、よろしくお願いします。
2006年5月30日
日本人は、どうしたら英語がもっと話せるようになるんだろう。
いつもこんなことを自問自答しながら、三十年近く毎日英語と向かい合っています。
先日、ゴールデンウィークを利用して、神戸に住んでいるアメリカ留学時代の友人の家を訪ねました。○○学院を卒業した彼は、現在、彼の母校である○○学院の中学英語の本の製作、監修に携わっていることを聞いていたので、再会をとても楽しみにしていた。留学時代には、お互い英語で苦労をした仲であったので、久しぶりに再会し、夕食を囲み「英語」のことについて夜遅くまで話を することが出来ました。
帰りがけに彼の手がけた、中学用の英語教本などをもらい、実際に見てみたが、私の第一印象は、「日本人が好むトラディッショナルな英語教育」。良い意味確立された英語教育なのだろうが、私が中学生だった頃のテキスト や当時教えてもらっていた内容と比べても、さほど違いがないことにちょっと残念な気持は隠せなかった。私の友人曰く、「英語の○学」と関西では呼ばれていると言うことであったが、まだまだ、こうしたクイズのような英語、書き換え 問題の英語に焦点を合わせている以上、グローバルレベルの視点から見れば、このままの英語教育で日本の英語は大丈夫かなと思ってしまう部分がありました。
私の考える英語力とは、『聞く力』『読む力』『話す力』のトータルバランスだと思う。
私自身『聞く力』不足には苦労した。1978年にアメリカのケンタッキーの大学に留学した時のこと。こちらで英語をかなり勉強して行ったつもりだったが、大学の授業に出て講義を聞くどころのヒアリングレベルではなく、日常的な会話すら聞き取れない状態。ある日バスに乗っていたとき、隣に座った女性が足を組もうとして、私の足にかるくあたってしまった。そのとき、その女性は、軽く「ごめんね。足があたっちゃった。」と私に言ったのだが、足があたった認識もなかったこともあり、また、言われた言葉がつながって聞こえ、二つぐらいの単語としか聞き取れず、何を言っているのかまったく検討がつかなかったのを、悔しさからか二十数年たった今でも その事は鮮明に覚えている。その簡単な 言葉は "Sorry, I kicked you." たぶん、そのときその女性が私に "I am sorry that I kicked your leg." などと教科書どおりの言葉で言ってくれていたのならば、問題はなかったことだろうが、、、。
F1での通訳のとき
F1が鈴鹿で行われるとき、スズカサーキットで通訳の仕事をしていますが、ちょうど昨年、「伊藤さん、申し訳ないけど、この紙に書いてある番号 なんだけど、なんて書いてあるのか教えてくれませんか?」と鈴鹿サーキットの人から頼まれ、正直最初は、数字って万国共通なのに、へんなことを言う人だなと思っていました。持ってきたのは、外国人特有の数字。これが結構曲者で、Vが逆立ちしたようなのが、1であったり、4と6が区別がつかなかったり、7には、一本、短い線が斜めに入ったりと、やはり、このような数字を見慣れていない日本人では、 きっと解読困難なことなのだろうと思いました。実際、外国人の英語でも同じように読みにくい独特のくせがある人はとても多いですね。
スタンダード
はとても大事なことですが、スタンダードでないものにも適応できる知識と能力を身につけることは、英語に限らず、いろいろな面で重要なことだと、しみじみ実感しました。ちなみに、F1のときは、ドイツ人の英語、フランス人の英語、ベルギー人、オーストリア人の英語と皆さんそれぞれの違ったアクセントと異なった
発音があるので、同じ英語でも相変わらず『聞く力』では今でも苦労しています。